大貫松三

没年月日:1982/08/31
分野:, (洋)

 立軌会創立会員の洋画家大貫松三は、8月31日午前1時9分、胃ガンのため、川崎市宮前区の聖マリアンナ医科大学病院で死去した。享年76。1906(明治38)年10月3日、神奈川県愛甲郡に生まれる。25年東京美術学校西洋画科に入学し、和田英作に師事する。同校3年生在学中の28年、第9回帝展に「女と静物」を出品し、初入選する。31年、同校を卒業。同窓生であった須田寿とは以後も交友を続ける。帝展、文展に出品を続け、37年第1回文展に「子供達」(現在京都市美術館蔵)を、翌年第2回文展に「O先生と孫」を出品し、2年連続して特選となる。しかし、41年、阿以田治修らによって創立された創元会に第1回展から出品して官展と袂を分かつ。同会には49年まで参加するが、同年須田寿牛島憲之らと共に退会し、立軌会を創立する。また、翌50年、六窓会を創立し、同会会員となる。立軌会には15年ほど在籍した後退会し、以後団体に属さず、個展等を作品発表の場とする。人物、静物を描いた作品が多い。

出 典:『日本美術年鑑』昭和58年版(283頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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