仁平有美

没年月日:1982/10/04
分野:, (洋)

 元近代日本美術協会副理事長仁平有美は10月4日午後6時50分、心不全のため水戸市の自宅で死去した。享年69。本名丹下豊明。1912(大正元)年11月12日茨城県水戸市に生まれ、28(昭和3)年茨城中学校を卒業する。33年日本美術学校洋画科を卒業。この頃、詩人小森盛、坂本七郎らと詩作活動を活発に行ない、詩誌「歴程」に投稿する。また、高村光太郎のアトリエに出入りし、草野心平らと交友する。35年帝展の改組に伴い第二部会が結成され、同展に「裸婦二容」を出品する。1938年美術誌「詩と美術」社に入社し、40年同社編集長となる。43年から45年まで応召、46年より曾宮一念に師事し、47年第21回展より国画会に出品。同会には49年第23回展までは仁平豊明の名で、50年24回展からは仁平有美の名で、56年第30回展まで出品を続ける。この間49年水戸において洋画団体「茨城洋画会」の創立に参加する。71年「花摘雲」で第三文明賞受賞。73年「日本民話」でル・サロン展銅賞受賞、また、フランス国際展に「桜島」を招待出品する。75年「ノルマンディの月」で近代日本美術協会大賞を受け、77年同会副理事長となる。80年同展に出品した「釧路湿原の丹頂」で内閣総理大臣賞を受賞。茨城美術協会理事、県芸術祭審査員をつとめる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和58年版(284頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2016年11月15日 (更新履歴)
to page top