石本秀雄

没年月日:1986/03/09
分野:, (洋)

日展参与、佐賀大学名誉教授の洋画家石本秀雄は、3月9日心不全のため佐賀市の県立病院好生館で死去した。享年77。明治41(1908)年12月8日、長崎県西彼杵郡に生まれる。昭和3年長崎東山学院中学を卒業し東京美術学校師範科に入学、同5年一九三〇年協会第5回展に「我が家」他で入選、翌6年美校図画師範科を卒業した。同年、佐賀県立小城中学校に赴任し、以後教鞭をとる。同9年第2回東光会展に「冬の女」他を出品しK氏奨励賞を受賞、また第15回帝展に「校庭の春」で初入選した。同13年東光会会員、同18年からは佐賀師範学校で教え、同24年新制佐賀大学発足にともない教育学部教授となる。戦後は東光会展、日展に制作発表し、同26年第7回日展に「画家の家族」で特選、朝倉賞を受け、同35年には改組第4回日展に「対話」で菊華賞を受賞、同38年日展会員となった。この間、佐賀大学教育学部に特設美術科を開設することに尽力する。同43年には佐賀美術協会理事長に就任。同49年、佐賀大学を停年退官し名誉教授の称号を授与された。後年は男性的な力強い筆触による一連の風景画に独自の造形力を発揮し、「熔岩桜島」(昭和52年)、「桜島晩夏」(同58年)、「黒神雨後」(同59年)などの作品がある。佐賀新聞文化賞、西日本文化賞なども受賞した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(317頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「石本秀雄」『日本美術年鑑』昭和62・63年版(317頁)
例)「石本秀雄 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10080.html(閲覧日 2024-04-25)

外部サイトを探す
to page top