森白甫

没年月日:1980/05/27
分野:, (日)

 日本芸術院会員、日展参与の日本画家森白甫は、5月27日午後1時15分気管支炎のため東京都新宿区の聖母病院で死去した。享年81。1898(明治31)年7月6日、日本画家森白畝の長男として東京浅草に生まれた。本名喜久男。父に早く死別し、1916年荒木十畝の画塾読画会に入門、粉本模写の修行から厳格な伝統技法を学び、花鳥画家としての基礎を作った。23年の平和博に「暖日」が入選、25年第6回帝展に「巣篭る鷺」が入選し東伏見宮家買上げとなった。その後入選を続け、31年第12回帝展「海辺所見」、33年第14回帝展「池心洋々」が特選、39年、41年、43年には審査員をつとめた。42年に多摩造型芸術専門学校(現多摩美術大学)の教授となり、68年退職まで教鞭をとった。44年の大患、45年の戦災を経て戦後活動を再開、46年、48年、49年と審査員を重ね、50年から参事をつとめる。この間47年に著作『日本画の新技法』(小笠書房)を刊行、54年第10回日展の「魚と貝」は芸術院賞候補となりながら選に洩れたが、翌55年第11回日展「虹立つ」が玉堂賞買上げ、そして57年第13回日展出品作「花」が芸術院賞を受賞した。58年から評議員となり、審査員を幾度かつとめながら、69年改組日展より監事、71年より理事を歴任、75年に参与となった。伝統技法を基礎に清新な色調を見せる花鳥画を得意とし、主要作品に日展特選、芸術院賞受賞作のほか「憩」(78年)などがある。76年に勲四等旭日小綬章、80年に勲三等瑞宝章受章、78年より日本芸術院会員。

略歴
1898年 7月 6日東京浅草に生まれる。
1916年 荒木十畝に入門。
1922年 平和記念東京博覧会「暖日」入選
1925年 第6回帝展 「巣篭る鷺」初入選、東伏見宮家買上。
1926年 第7回帝展 「丹頂」
1928年 第9回帝展 「塘池新秋」
1929年 第10回帝展 「鵜」
1930年 第11回帝展 「海老」
1931年 第12回帝展 「海辺所見」 特選
1932年 第13回帝展 「禽舎の秋」 無鑑査
1933年 第14回帝展 「池心洋々」 特選
1934年 第15回帝展 「海浜小景」
1936年 文展招待展 「飛鴨」
1938年 第2回新文展 審査員
1939年 第3回新文展 「錦鱗」 審査員
1940年 台湾総督府展に審査員として渡台
1941年 第4回文展 審査員
1942年 第5回文展 「磯」 無鑑査、多摩造型芸術専門学校(現多摩美大)教授となる(68年退職)。
1943年 第6回文展 「爽朝」 委員、審査員
1944年 大患
1946年 日展審査員
1947年 第3回日展 「麥雨」 審査員
小笠書房より『日本画の新技法』発行。
1948年 第4回日展 「潜鱗」 招待
1949年 第5回日展 審査員
1950年 第6回日展 「水辺」 審査員、参事となる(57年まで)。
1951年 第7回日展 「夏日影」
1952年 第8回日展 「魚槽」 審査員
1953年 第9回日展 「夕紅」
外務省よりの依頼制作 「果樹」。
1954年 第10回日展 「魚と貝」
1955年 第11回日展 「虹立つ」 審査員、玉堂賞買上。
1956年 第12回日展 「白鳥」
1957年 第13回日展 「花」 芸術院賞受賞(58年)
1958年 第1回新日展 「松」 審査員、評議員となる(68年まで)。
1960年 第3回新日展 「磯」
1961年 第4回新日展 「泳」 審査員
1962年 第5回新日展 「流氷」
1963年 第6回新日展 「うつる」
1964年 第7回新日展 「沼」
1965年 第8回新日展 「椿樹」 審査員
1966年 第9回新日展 「花と鳥」
1967年 第10回新日展 「苑」
1968年 第11回新日展 「映」
1969年 第1回改組日展 「魚礁」 監事となる(70年まで)。
1970年 第2回改組日展 「★」
1971年 第3回改組日展 「海の華」 審査員、理事となる(74年まで)。
1972年 大患
1973年 第5回改組日展 「浜に咲く」
1974年 第6回改組日展 「海けむる」
1975年 第7回改組日展 「漾」 参与となる。
1976年 第8回改組日展 「群」
勲四等旭日小綬章受章。
1977年 第9回改組日展 「樹」
1978年 第10回改組日展 「憩」
1980年 勲三等瑞宝章受章。

出 典:『日本美術年鑑』昭和56年版(253-254頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「森白甫」が含まれます。
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