樋口富麻呂

没年月日:1981/11/07
分野:, (日)

 日本画家の樋口富麻呂は、11月7日午前零時25分、老衰のため京都市左京区の自宅で死去した。享年83。1898(明治31)年3月1日大阪市に生まれ、本名は秀夫。1910年頃より北野恒富に師事し、17歳の時の15(大正4)年第9回文展に「つやさん」が初入選する。その後帝展に19年の第1回から第3回まで入選し、23年(第10回院展「麻雀戯」)からは院展に出品、6回入選している。26年頃遊学のため大阪から京都に出た後、京都市立絵画専門学校に入学し、同時に西山翆嶂に師事、青甲社同人となる。35(昭和10)年に京都市立絵画専門学校選科を卒業し、中村貞以西山英雄らと親交を結んだ。33年からは再び帝展、新文展、及び戦後は日展に出品し、54年の第10回日展から依嘱出品となっている。58年に師西山翆嶂が没し青甲社が解散した後、団体には所属せず日展のみに出品していたが、69年から院展に移り、小松均にも学んだ。庶民的な風俗を好んで描く一方、仏教美術にも関心を抱き、31年に仏跡を訪れて4ヶ月間インドを旅行(この折カルカッタ美術学校で個展開催)、56年にはインドネシアのバリ島に写生旅行している。晩年は人物や仏教に題材を求めた作品を多く手がけ、62年に高島屋で個展「みほとけ展」、79年には大西良慶・清水寺貫主をテーマに描いた個展「百寿説法展」(高島屋)などを開いている。主な作品は、「つやさん」(15年第9回帝展)「涼庭嬉戯」(26年第13回院展)「往く船」(40年紀元2600年奉祝展)「かぐや姫誕生」(55年第11回日展)「バリ島の祈り」(70年第55回院展)など。

出 典:『日本美術年鑑』昭和57年版(287頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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