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祈祷
1889年 カンヴァス・油彩 74.0×53.0cm
全体は褐色を主調としているが、上衣の白い布の質感の表現などこまやかに神経が行きとどいた技巧を見せている。制作時期は正確にはわからないが、『解剖図』を模写したりしてレンブラントに関心をよせていた時期の作と思われる。黒田は生涯を通じて宗教的なものへ心を傾けた形跡は殆どない。これも宗教感情のただよう画面とはいいがたい。黒田の作品には内容がないという批判はこうした面をさしていわれるのだろう。 |
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枯れ野原(グレー)
1891年頃 カンヴァス・油彩 49.3×65.0cm
ロアン河に沿ったグレーという村の周囲はたいらな野原と耕作地にかこまれている。黒田の書簡には、夏よりも冬の風景のほうが美しいと記されている。黒田以後、日本の画家たちがしばしばここを訪ね、浅井忠のように生涯の傑作をこの地で描いた画家さえある。黒田が滞在したころは、滞仏の外国人画家たちが画因を求めて多くやってきた土地であった。 |
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赤髪の少女
1892年 カンヴァス・油彩 80.6×64.5cm
萌え出でた緑のなかに、背を向けてたつ少女。この人物そのものの表現よりも、赤髪のうえに映える陽光、したたるような樹葉の輝きなどに描写や表現の力点がおかれているようである。滞仏中の作品では、最も印象派的要素の強い作品のひとつである。制作地は、グレー・シュル・ロアン。林忠正の旧蔵品であり、当時のヨーロッパにおけるジャポニズムの盛行に重要な役割を果たした林との交友をしのばせるものとなっている。 |
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昼寝
1894年 カンヴァス・油彩 49.8×61.0cm
『横浜本牧の景』などを描いたあと、黒田は鎌倉の別荘へ移って夏を過ごした。この作品はそのときに描かれたもので、横浜以来、久米、岡田三郎助が時折おとずれ、一緒に写生したりした。草上で午睡する少女に真夏のつよい太陽の光が樹間をとおしておちているさまを生々しい赤と黄の色の細い線で描きだしている。黒田が外光派をこえて印象派的色彩をもっとも濃厚にみせたのは、この夏の制作であった。 |
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もるる日影
1914年 カンヴァス・油彩 53.2×45.8cm 第8回文展
日記によればこの作品は、大正3年5月26日に「午後庭前ニテ君子ノ絵ヲ始ム」としてはじめられ、6月上旬まで続けられている。平河町の自宅の庭で初夏の光のなかに草花を手にして座る親族の幼女を描いたものである。色彩は温和になっているが、かつての『昼寝』の延長、発展の系列におかれる作品であろう。大正3年の第8回文展に出品された。 |
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花野
1907〜15年 カンヴァス・油彩 126.5×181.2cm 第13回白馬会展
生涯の後半期に試みた唯一の大作である。明治年代から下書きがつくられ、大正4年(1915)年再度着手したが未完におわった。師コランの「緑野三美人図」(前田育徳会蔵)に依拠したと思われ、黒田の作品のなかでもっともコランの作風に近いものである。このころから黒田の社会的な活動は多くなり、身辺は多忙であった。 |
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編物する女
1890年頃 62.5×47.5cm |
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