黒田記念館 > 研究資料 > 黒田清輝関係文献目録 > IV 定期刊行物

◎博覧会美術部概評

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▼此の度の洋画を見ると、実に進歩して居ます。私が関係したのは、京都と大阪の博覧会、それから巴里とセントルイの大博覧会の時ですが、それ等の時と今回とを比較すると非常の進歩です。
▼以前の博覧会では、出品の優劣が甚しかつたのですが、今回では、洵によく揃つて居る。それが最も怡ぶべき現象であらうと思ひます。
▼長所は長所として、全体に亘つた短所を見ると、まだ外国の模倣時代に在ることです。併し其の模倣が決して無意義のものでなく、銘々が将来の発展のための苦心に成つたものでありますから、大に喜ばしい。
▼今日の我が洋画界に向つて、外国の模倣を責めるのは、酷であらうと思はれます。今日の場合、此の手段を用ふるの外には道がないのです。私に言はすれば、此の模倣が将来の独立的洋画界を作る一階段であります。
▼以前の状態では、まだ模倣と言ふことが出来ぬ程に幼稚であつたのですが、今回では、筆者が自己独得の技術を仕上げむために、適当なる手本を求めて居るやうです。日本の洋画界を日本独得の立派なものとするには、是非とも箇様の階段を通過する必要がありますので、今日は慥かに此の慶すべき状態に在ると思ひます。従つて四五年も経つたならば、更に目覚しい進歩を現はすことでせう。
▼それで今回、いかなる画が、大なる影響を与へて居るかと言ひますと、其れは「スタヂオ」といふ英吉利の美術雑誌だと思はれます。あの雑誌には勉めて清新の作を紹介してありますから、研究心の強い人には好い材料です。
▼画風から言へば、アンプレシヨニズムが最も大なる流れを為して居ります。これは元より当然のことでせう。
▼もウ一ツ欠点を言へば、各人が、世間から好く言はれやうとする気を持つて居ることです。何か新しい様な、珍しい様な仕事をして、大に評判を取らうと勗めて居るやうです。これは勿論悪い事ではなく、復た仏蘭西あたりでも、新進の人達は皆なかう言ふ風です。併し其の気が勝つと失敗を招くことになります。
▼今回の出品者は皆な大に勉めて居られ、また其の製作も非常に進歩して居りますが、更に一段進んで、自分の感じたことを現はさうと言ふ精神が勝つて、世間評云々などを念頭に懸けぬやうにしたいものです。箇様になれば、画界の進歩は尚更急進するであらうと思ひます。
▼世間では鑑査に就いて種々の非難があるやうです。吾々から之れに反対して、決して不公平でなかつたと主張するのは具合が妙でなく、また言つた所で仕方がないのです。聞けば落選した絵で展覧会を開くと云ふ噂があるさうですが、其れは是非とも遣つて貰ひたいものです。其処で世間の評を聞いたならば、我々が間違つて居たか否かは、明白になるだらうと思ひます。(文責在記者)
  (「太陽」13-6  明治40年5月)
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