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 黒田清輝関係文献目録    塩谷 純編
 IV 定期刊行物
 
  1. 画集・作品集
  2. 展覧会図録・目録
  3. 単行図書
  4. 定期刊行物
    - 黒田清輝自筆・談話

IV  定期刊行物  ▼ IV 関連 …黒田清輝に関する回想・論考など
■ 黒田清輝自筆・談話
 
   
タイトル 誌名/発行年月日
○画家の戦地観察 毎日新聞 明治28年1月16日
○画家の従軍日記(一) 毎日新聞 明治28年3月7日
○画家の従軍日記(二) 毎日新聞 明治28年3月10日
○美術学校と西洋画(上) 毎日新聞 明治29年6月7日
○美術学校と西洋画(下) 毎日新聞 明治29年6月9日
○洋画問答 黒田清輝(答)太陽記者(問) 太陽2−25 明治29年12月20日
○続洋画問答 墨田清輝君談 太陽3−7 明治30年4月5日
○続洋画問答 黒田清輝君答 乙羽生問 太陽3−11 明治30年6月5日
○LA PEINTURE JAPONAISE. THE FAR EAST,2-5
(国民之友英文之部2-5 明治30年5月)
○黒田清輝の裸美人談 時事新報 明治30年12月12日
○黒田清輝君を訪ふ 太陽4-3 明治31年2月
○黒田清輝氏の画室を訪ふ 弄月生 太陽5-15 明治32年7月
○美術教育の方針(一) 二六新報 明治33年3月25日
○美術教育の方針(二) 二六新報 明治33年3月26日
○美術教育の方針(三) 二六新報 明治33年3月27日
○美術教育の方針(四) 二六新報 明治33年3月28日
○美術教育の方針(五) 二六新報 明治33年3月29日
○美術教育の方針(六) 二六新報 明治33年3月30日
○美術教育の方針(七) 二六新報 明治33年3月31日
○美術教育の方針(八) 二六新報 明治33年4月1日
○美術会消息 [黒田清輝氏の美術養育に関する意見書] 二六新報 明治33年4月9日
○美術会消息 黒田清輝氏の美術養育に関する上申書(承前) 二六新報 明治33年4月10日
○美術会消息 黒田清輝氏の美術養育に関する意見書(承前) 二六新報 明治33年4月15日
○美術会消息 黒田清輝氏の美術養育に関する意見書(承前) 二六新報 明治33年4月17日
○千萬言−黒田清輝氏の裸体画談 酢楳 報知新聞 明治34年10月25日
◎名家譚叢−裸体画談 新小説7−1 明治35年1月
◎ドラクロア 美術新報1−20 明治36年1月5日
◎日本現今の油画に就て 美術新報1−23 明治36年2月20日
○名家談叢−洋画談 太陽9−4 明治36年4月
○博覧会の洋画 太平洋1−5 明治36年4月
○日本芝居の初見物 歌舞伎35 明治36年4月
○歌舞伎座合評
 三木竹二、伊原青々園、竹柏園、錦隣子、与謝野鉄幹、
 北里龍堂、真如女史、小山正太郎、十千里園、久保田世音、黒田清輝
歌舞伎35 明治36年4月
○黒田画伯の配色談 美術新報2−4 明治36年5月5日
◎予が知れるフアルギエール 美術新報2−5 明治36年5月20日
◎旧友クラレンス・バード 光風2−3 明治39年6月
○ドラクロアの画談(一) 美術新報2−7 明治36年6月20日
○ドラクロアの画談(二) 美術新報2−8 明治36年7月5日
○黒田清輝画伯の談片(上) 京都日出新聞 明治36年7月24日
○黒田清輝画伯の談片(下) 京都日出新聞 明治36年7月25日
○画壇叢話(四則) 精華1-1 明治36年10月1日
○白馬会雑感 精華1-2 明治36年10月19日
○譚叢−洋画家の演劇観(吉岡芳陵記) 新小説8-12 明治36年11月
○仏国の学生 中学世界8−1 明治38年1月
○露西亜の芸術 光風1−1 明治38年5月
○露西亜の芸術(二) 光風1−3 明治38年9月
○島津斉彬公と玻璃製造 光風1−2 明治38年7月
◎雑談集(小林鍾吉記) 光風1−3 明治38年9月
○蹄の痕(一) 光風1−3 明治38年9月
○白馬会十年間の回顧(一) 都新聞 明治38年10月11日
○白馬会の回顧(二) 都新聞 明治38年10月31日
○白馬会の回顧(三) 都新聞 明治38年11月1日
○蹄の痕(二) 光風1−4 明治38年11月
○蹄の痕(三) 光風2−1 明治39年1月
◎故床次正精君 光風2−1 明治39年1月
○蹄の痕(四) 光風2−2 明治39年3月
◎サロンの話 光風2−2 明治39年3月
○白馬会経営譚 成功9−1 明治39年4月
○名家を訪ひて−美術界の傾向(上) 読売新聞 明治39年4月3日
○名家を訪ひて(一)−美術界の傾向(下) 読売新聞 明治39年4月4日
○美術 中学世界9−8 明治39年6月
○将来の美術界に対する希望 太陽12−9 明治39年6月
○蹄の跡(五) 光風2−3 明治39年6月
○蹄の跡(六) 光風2−4 明治39年10月
○独仏国境旅行日記抜書 光風2−4 明治39年10月
○邦人と外人の目に映ずる秋の景趣 報知新聞 明治39年11月12日
○山本芳翠氏の逸事 日本 明治39年11月19日
○山本芳翠氏の逸話(中) 日本 明治39年11月20日
○山本芳翠氏の逸話(下) 日本 明治39年11月22日
故芳翠氏逸事 ※「山本芳翠氏の逸事」(日本 明治39年11月19日)の抄録 美術新報5-18・19 明治39年12月5・20日
○官立美術展覧会開設の急務 中央新聞 明治39年12月29日
○官立美術展覧会開設の急務(続) 中央新聞 明治39年12月30日
○かげ及び裸体画 新声16−1 明治40年1月
○芸術上実験処世実験譚 成功10−6 明治40年1月
○美術と文部省 報知新聞 明治40年2月6日
○写生の方法とその価値 文章世界2−3 明治40年3月
○画家となりし紀念の画 報知新聞 明治40年3月9日
◎博覧会美術部概評 太陽13−6 明治40年5月
○洋画の将来 日本及日本人459 明治40年5月15日
○復興期画談〔一〕 光風3−1 明治40年6月
○復興期画談〔二〕 光風4−1 明治41年6月
○復興期画談〔三〕 光風4−2 明治41年12月
○蹄の跡(七) 光風3−1 明治40年6月
○名士と山水−東西洋の山川観(上) 中央新聞 明治40年8月18日
○名士と山水−東西洋の山川観(中) 中央新聞 明治40年8月19日
○名士と山水−東西洋の山川観(下) 中央新聞 明治40年8月20日
○余の特性発揮径路 成功12−3 明治40年9月10日
◎蹄の痕所収書簡(一)〜(九) 光風1−3〜4・2−1〜4・3−1・4−1〜2 明治38年9・11月・39年1・3・6・10月・40年6月・41年6・12月
○洋画家の見たる雅邦翁 東京朝日新聞 明治41年1月16日
雅邦談−其六 ※「洋画家の見たる雅邦翁」(東京朝日新聞 明治41年1月16日)の再録 絵画叢誌250 明治41年2月
雅邦翁 ※「洋画家の見たる雅邦翁」(東京朝日新聞 明治41年1月16日)の再録 日本美術109 明治41年3月
○肖像画作法座談 成功13−6 明治41年5月
○蹄の跡(八) 光風4−1 明治41年6月
◎巴里の冬の夜 光風4−1 明治41年6月
○画界漫言 読売新聞 明治41年10月31日
画界漫言 (読売新聞 明治41年10月31日)の再録 絵画叢誌259 明治41年11月
○対談 山本鼎 方寸2−8 明治41年11月
○蹄の跡(九) 光風4−2 明治41年12月
○団体的展覧会 時事新報文芸週報138 明治41年12月27日
○第二回文部省美術展覧会批評 太陽4−16 明治41年12月
○明治五年頃の洋画 東京日日新聞 明治42年3月29日
○美術院の設立を望む 新小説14-4 明治42年4月
○自然に対する態度 日本及日本人507 明治42年4月
○仏国画家コラン先生 読売新聞 明治42年5月10日
ラファエル・コランの弾手 ※「仏国画家コラン先生」(読売新聞 明治42年5月10日)の要約 美術新報8−9 明治42年7月20日
○我が国に於ける洋画研究の態度 美術之日本1−2 明治42年6月
○美術家の昨今−黒田清輝氏(一) 読売新聞 明治42年9月10日
○美術家の昨今−黒田清輝氏(二) 読売新聞 明治42年9月11日
○自然を無意味に写すと不自然となる みつこしタイムス7−13 明治42年11月
◎第3回文展作者の談−黒田清輝君 美術新報9−1 明治42年11月1日
○第三回文部省美術展覧会に就いて 文章世界4−15 明治42年11月15日
○滑稽趣味(十九)−黒田清輝氏談 時事新報 明治42年12月14日
○巴里のモデル 美術新報9−6 明治43年4月1日
○諸家の両展覧会談−黒田清輝、和田英作両氏談 美術新報9−8 明治43年6月1日
○諸家の両展覧会談−黒田画伯談片 美術新報9−8 明治43年6月1日
○はなしだね 黒田清輝伯のモデル物語 読売新聞 明治43年6月11日
○風景画の変遷−仏蘭西の印象 日本及日本人539 明治43年8月
○西洋画の成績(上) 東京毎日新聞 明治43年11月2日
○西洋画の成績(中) 東京毎日新聞 明治43年11月3日
○西洋画の成績(下) 東京毎日新聞 明治43年11月5日
公設展覧会世評抄録 ※「西洋画の成績(中)」(東京毎日新聞 明治43年11月3日)の抄録 美術新報10−2 明治43年12月1日
○将来の大国民 みつこしタイムス8-13 明治43年12月
○図画教育に関する所見 帝国教育342 明治44年1月
○新に帝室技芸員に任ぜられたる所感 美術之日本3−1 明治44年1月
◎白馬会の解散 時事新報 明治44年3月12日
○白馬会の解散 美術新報10−6 明治44年4月1日
◎都市の美観(其七)−黒田清輝氏談 美術新報10−7 明治44年5月1日
○海洋と絵画と 新日本1−5 明治44年8月
○二度の会見 読売新聞 明治44年8月25日
◎洋画家の日本画観(其二)−各流各派特種の趣味あり 美術新報10−12 明治44年10月
○愉快に楽しむ絵 読売新聞 明治44年10月15日
○洋画の新傾向と研究の態度 東京朝日新聞 明治45年1月3日
◎二十余年前のバルビゾン村 美術新報11−5 明治45年3月11日
○杉浦君の表紙画 三越2−5 明治45年5月
○私は豪傑主義の少年だった 少年世界8−9 明治45年6月
○油絵の賞鑑 地球1−5 大正元年8月
○住宅の快感 建築工芸叢誌七 大正元年8月
◎ヴェニス雑感 美術新報11−10 大正元年8月10日
◎美術瑣話 趣味6−4 大正元年10月
○文展出品(その十六)『習作』 万朝報 大正元年10月8日
◎諸家の文展観−洋画は年々進歩する 美術新報12−1 大正元年11月12日
○安藤仲太郎氏逝く 読売新聞 大正元年12月12日
○正倉院拝観の所感 美術新報12−4 大正2年2月6日
○黒田画伯とスコット大佐婦人 東京日日新聞 大正2年3月22日
○国民的美術機関 中央新聞(夕刊) 大正2年4月1日
○民国美術館の設立 読売新聞 大正2年4月25日
◎欧洲の風景画家 美術新報12−10 大正2年8月7日
○私の見た桜島の大爆発 中学世界17−3 大正3年3月
◎雪の絵の興趣−雪の色 美術新報13−9 大正3年7月18日
○批評家に望む 美術週報2−4 大正3年10月25日
○建築物と壁画 建築工芸叢誌2−10 大正3年12月
○婦人と絵画 絵画叢誌329 大正4年1月
○文展洋画の鑑査終る 本年は後期印象派 大阪毎日新聞 大正4年10月11日
○世界の美人を捜しても =之に優るものは無い「春のひかり」= 時事新報 大正4年12月15日
○趣味としての西洋画 趣味之友1−1 大正5年1月
◎女の顔−私の好きな− 大阪毎日新聞 大正5年7月2日
◎ピュヰス先生会見談 美術新報15−10 大正5年8月13日
◎私は斯う思ふ みづゑ141 大正5年11月
◎文展の感想−スケッチ以上に進みたい 美術1−1 大正5年11月
○文展審査員諸家の感想 文展審査所感 美術新報6−1 大正5年11月17日
◎文展の裸体作品問題−裸体画問題に就て 美術新報16−1 大正5年11月17日
○仏国画界の巨星コラン氏巴里に逝く 東京日日新聞 大正5年11月20日
○仏国の名画家コラン氏逝く 東京朝日新聞 大正5年11月20日
○大画家コラン翁死す=我洋画界唯一の恩人たりし= 時事新報 大正5年11月20日
○仏国の大芸術家コラン氏 東京毎夕新聞 大正5年11月20日
○コラン逝けり 仏国画界の巨星 国民新聞 大正5年11月21日
○仏国画壇の巨星隕つ 逝けるコラン先生 中央美術2−12 大正5年12月
◎コラン先生追憶 美術1−2 大正5年12月
◎コラン先生の追憶談 美術新報16−2 大正5年12月22日
○ストーブを囲みて 黒田清輝 岩村透 みづゑ43 大正6年1月3日
○コランの画 陳列禁止 日本文明の汚点 東京朝日新聞 大正6年2月4日
○日本画家の弊 美術之日本9−3 大正6年3月
◎カロリュス−デュランに就て 美術1−7 大正6年5月
◎太田喜二郎君の芸術−美術家には求め難い性格 美術1−7 大正6年5月
◎美術館と伊太利亜及仏蘭西 美術1−10・11 大正6年8月・9月
最近思潮界一瞥−ラファエル及びミケランゼロの絵
※「美術館と伊太利亜及仏蘭西」(美術1-10・11 大正6年8月・9月)の抄録
研精美術121 大正6年11月
◎私の観た故岩村男爵 美術之日本9−9 大正6年9月
◎岩村透君を悼む 美術1−11 大正6年9月
○本年の文展の洋画に就て 美術旬報140 大正6年10月9日
○今年は素人絵が尠い 読売新聞 大正6年10月11日
◎文展出品者は目的を誤ってゐる みづゑ153 大正6年11月
◎文展の傾向に就いて みづゑ153 大正6年11月
◎文展製作に就きての注意 美術新報17−1 大正6年11月27日
◎アンリ・アルピニー−自然派の残党と云ふ感 美術1−3 大正6年1月
◎コランの画陳列禁止−日本文明の汚点 東京朝日新聞 大正6年1月4日
◎コラン先生逸事 美術1−4 大正6年2月
◎藤雅三氏逝去す 美術週報137 大正6年2月4日
◎寺崎広業追悼−寺崎君と私 中央美術5−4 大正8年4月
◎日本に来遊した外国の画家 美術月報1−8 大正9年3月
◎仏国四季の追懐 芸術1−10・11 大正12年4・5月
◎災後雑話 美術月報4−11 大正12年11月
○雑録 審査の方針 美術之日本9−11 大正6年2月
○大正六年美術界回想―最も印象の深かった事― 美術旬報147 大正6年12月29日
○松方侯に捧ぐる二百万円の名画 東京日日新聞 大正7年2月15日
○構図的傾向と製作 至らぬところ 読売新聞 大正7年10月10日
○審査員談叢 文展洋画所感 改巻美術新報1−2 大正7年10月23日
◎美術界縦横 美術旬報 174 大正7年10月29日
○美術館建設の提唱(九) 如何なる美術館が必要か?(上) 読売新聞 大正7年12月21日
○美術館建設の提唱(十) 如何なる美術館が必要か?(下) 読売新聞 大正7年12月24日
○美術館建設運動の経過 廣瀬熹六 中央美術40(5−1) 大正8年1月
○美術界新潮 平和克復と秋の文展 美術之日本11−7 大正8年7月
○仏国巨匠ロール氏逝く 美術月報1−5 大正8年12月26日
○平和博の美術館を見て 大勢1−3 大正11年6月
○神宮壁画館問題 美術之日本15−3 大正12年3月
○春日閑話 国民美術1−3 大正13年3月
黒田清輝の意見書 近代画説5 平成9年3月
■ 関連 …黒田清輝に関する回想・論考など
▲ IV 黒田清輝自筆・談話
筆者 タイトル 誌名/発行年月日
-- 黒田氏の裸体画 時事新報 明治30年11月11・13日
-- 黒田清輝筆「智感情」合評 美術評論2 明治30年11月
-- 黒田清輝筆「避暑」合評 美術評論3 明治30年12月
-- 黒田清輝筆「湖辺の朝霧」合評 美術評論8 明治31年2月
-- 黒田清輝筆「秋草」合評 美術評論9 明治31年3月
-- 黒田清輝筆「母子」合評 美術評論11 明治31年5月
-- 黒田清輝筆「昔語り」合評 美術評論16 明治31年11月
-- 黒田清輝筆「肖像」合評 美術評論19 明治32年4月
-- 黒田清輝筆「寂寞」合評 美術評論22 明治32年11月
-- 黒田子爵の御庭乗 読売新聞 明治35年2月8日
-- 清輝画伯の剣難 中央新聞 明治39年3月16日
夏牛 黒田画伯に寄する書 帝国文学13−7 明治40年7月
-- 玄関と応接室−黒田清輝氏 読売新聞 明治41年1月9日
鳥瞰生 当代画家論−黒田清輝氏 読売新聞 明治41年12月12・13日
-- 美人画家旧友を慕ふ−黒田画伯とラング夫人 中央新聞 明治42年5月22日
-- 名士の小学時代(八)−洋画家黒田清輝君 読売新聞 明治42年6月27日
坂井犀水 現今の大家−黒田清輝氏− 美術新報9−3 明治43年1月
木下杢太郎 卓の一角(評論集)−黒田画伯を訪ふ記 屋上庭園2 明治43年2月
-- はなしだね−黒田清輝伯のモデル物語 読売新聞 明治43年6月11日
坂井犀水 教師評判記−美術学校の先生達(一)−黒田清輝氏・藤島武二氏 国民新聞 明治44年9月19日
宮崎虎之助 黒田清輝氏の画談に就て 読売新聞 明治44年12月13日
宮崎虎之助 黒田清輝氏の画談に就て 研精画誌57 明治45年1月
-- 絵筆を棄て研究会の小使−此頃の低気圧再来に盲滅法忙しがって駆け廻る黒田子 東京朝日新聞 大正11年6月6日
石井柏亭 新任の帝国美術院院長及び帝展審査員−新院長としての黒田清輝子 中央美術8−11 大正11年11月
藤島武二 黒田清輝君を語る−人、並に業績としての− 読売新聞 大正13年7月7日
岡田三郎助 文芸−黒田先生を悼む 萬朝報 大正13年7月17日
山本鼎 黒田先生の作品 アトリエ1−7 大正13年9月
小杉未醒 遠方より見てゐたる黒田氏の事業 アトリエ1−7 大正13年9月
小林万吾 白馬会時代の先生及先生の日常生活 アトリエ1−7 大正13年9月
南弘 帝国美術院長及政治家としての黒田子 アトリエ1−7 大正13年9月
和田三造 美術学校時代及其他先生に対する追懐 アトリエ1−7 大正13年9月
石井柏亭 黒田清輝 中央美術10−9 大正13年9月
和田英作 製作の得意時代−黒田先生を追憶して 中央美術10−9 大正13年9月
正木直彦 黒田清輝画伯を悼む 国民美術1−9 大正13年9月
久米桂一郎 黒田清輝君の芸術 国民美術1−9 大正13年9月
岡田三郎助 黒田先生を悼む 国民美術1−9 大正13年9月
和田英作 天真道場のこと 国民美術1−9 大正13年9月
藤島武二 黒田清輝君を語る−人、並に業績としての− 国民美術1−9 大正13年9月
小林万吾 吾々の十年前 国民美術1−9 大正13年9月
中條精一郎 偉大なる包容性−吾黒田に於て之を見る− 国民美術1−9 大正13年9月
永地秀太 会頭としての黒田先生 国民美術1−9 大正13年9月
朝倉文夫 洋画の日本化を 国民美術1−9 大正13年9月
坂井犀水 一面は闘将一面は厳父 国民美術1−9 大正13年9月
香取秀真 黒田先生を惜む 国民美術1−9 大正13年9月
小倉右一郎 先生の思ひ出 国民美術1−9 大正13年9月
太田三郎 ビゴーの絵に添へて 国民美術1−9 大正13年9月
黒田鵬心 先生最後の努力−仏蘭西現代美術展と先生− 国民美術1−9 大正13年9月
青木信光 政治家としての黒田子 国民美術1−9 大正13年9月
松岡新一郎 外交家としての黒田子 国民美術1−9 大正13年9月
宮田光雄 政治方面の黒田子爵 国民美術1−9 大正13年9月
クローデル 弔詞 国民美術1−9 大正13年9月
エッチ・デルスニス 黒田子爵のみたまに 国民美術1−9 大正13年9月
田辺孝次 黒田先生と日本工芸協会 国民美術1−9 大正13年9月
◎久米桂一郎、小代為重、菊地鋳太郎、藤島武二、坂井義三郎、小林万吾、岡田三郎助、永地秀太、佐野昭、中井精一、合田清、和田英作、小倉右一郎、田辺孝次 黒田子爵追懐談話会 国民美術1−9 大正13年9月
巌谷小波 黒田君と私 国民美術1−9 大正13年9月
芳賀栄次郎 小学時代の黒田君 国民美術1−9 大正13年9月
中井精一 黒田画伯と美術写真 国民美術1−9 大正13年9月
大給近清 黒田先生の嗜好 国民美術1−9 大正13年9月
仲省吾 黒田先生を憶ふ 国民美術1−9 大正13年9月
中沢弘光 明鏡の如き先生 国民美術1−9 大正13年9月
白滝幾之助 黒田先生の訃 国民美術1−9 大正13年9月
和田三造 自分の懺悔 国民美術1−9 大正13年9月
杉浦非水 黒田清輝先生と私 国民美術1−9 大正13年9月
岡野栄 黒田先生の美点 国民美術1−9 大正13年9月
桜井知足 思ひ出のまゝに 国民美術1−9 大正13年9月
岡常次 故黒田先生の御日常に就て 国民美術1−9 大正13年9月
斧山万次郎 先生に仕へて 国民美術1−9 大正13年9月
栗山清太郎 朝涙暮涕 国民美術1−9 大正13年9月
-- 黒田清輝先生官歴 国民美術1−9 大正13年9月
田辺孝次 御葬祭前後 国民美術1−9 大正13年9月
-- 黒田先生追想録 みづゑ235 大正13年9月
坂井犀水 噫黒田清輝先生 みづゑ235 大正13年9月
三宅克己 パリで開かれた黒田先生の追悼会 読売新聞 大正13年11月7日
太田三郎 黒田先生遺作展覧会 アトリエ1−10 大正13年12月
白瀧幾之助 黒田先生の追憶 中央美術10−12 大正13年12月
久米桂一郎 仏国修学時代の黒田君と其制作 中央美術10−12 大正13年12月
岡田三郎助 黒田清輝氏の画風に就いて 美術画報556 大正13年12月
黒田鵬心 黒田清輝先生を憶ふ 美之国3−2 昭和2年2月
和田三造 恩師のパレツトに就いて 美之国3−3 昭和2年4月
菊地鋳太郎 黒田清輝氏のこと 美術新論2−7 昭和2年7月
田中松太郎 黒田さんの思出 美術新論2−7 昭和2年7月
長尾健吉 昔語り 美術新論2−7 昭和2年7月
久米桂一郎 亡友黒田清輝とフランスに居た頃 美術新論2−7 昭和2年7月
湯浅一郎 私の学生時代 美術新論3−10 昭和3年10月
和田英作 黒田清輝先生のスケッチブック 美術研究6 昭和7年6月
杉田益次郎 黒田清輝筆「昔語り」図 美術研究24 昭和8年12月
後藤宙外 正岡子規と裸体画事件−明治文壇回顧録の十三− 芸術殿4−5 昭和9年5月
三宅克己 黒田清輝先生の追憶 みづゑ365 昭和10年7月 
隈元謙次郎 黒田清輝と日清戦役 美術研究88 昭和14年4月
石井柏亭 「日本の自覚」先覚者研究−黒田清輝 新日本2−8 昭和14年8月
森口多里 初期の黒田清輝−黒田清輝論素材の内 みづゑ421 昭和14年12月
森口多里 回想の黒田清輝 みづゑ423 昭和15年2月
隈元謙次郎 滞仏中の黒田清輝 美術研究101・102 昭和15年5・6月
隈元謙次郎 黒田清輝の中期の業績と作品に就て 美術研究113・115・118 昭和16年5・7・10月
隈元謙次郎 黒田清輝の初期の作品 造形芸術3−6 昭和16年6月
久富貢 黒田清輝と明治美術 新美術3 昭和16年11月
久富貢 黒田清輝と洋画の身体化 新美術21 昭和18年4月
隈元謙次郎 黒田清輝後期の業績と作品 美術研究130・132・133 昭和18年7・11・12月
林文雄 日本近代美術の反省−高橋由一と黒田清輝 黄蜂1-2 昭和21年8月
石井柏亭 黒田清輝回顧 芸林間歩2−5 昭和22年6月
隈元謙次郎 黒田清輝初期の風景画−林間秋色図を中心として− アトリエ250 昭和22年8月
隈元謙次郎 黒田清輝と藤島武二 みづゑ504 昭和22年10月
森口多里 黒田清輝と日本印象派 美術と工芸6 昭和22年11月
黒田照子 洋画名作モデル告知板 アサヒグラフ1368 昭和25年11月8日
隈元謙次郎 黒田清輝筆赤小豆の簸分図(解説) 美術研究160 昭和26年3月
隈元謙次郎 美校の二教授−黒田清輝・藤島武二 美術手帖52 昭和27年1月
中村伝三郎 私はこうみる黒田清輝−明治画壇をリード 国立博物館ニュース63 昭和27年8月
徳大寺公英 私はこうみる黒田清輝−外光派の意味するもの 国立博物館ニュース63 昭和27年8月
-- 名作案内−日本近代美術展より−「湖畔」黒田清輝 朝日新聞 昭和27年11月27日
柳亮 日本洋画家列伝第12回−黒田清輝 中央公論69−3 昭和29年3月
矢代幸雄 黒田清輝−近代画家群(6) 芸術新潮5−6 昭和29年6月
河北倫明 ゴミを払った代表作−遺作展から 朝日新聞 昭和29年7月11日
隈元謙次郎 黒田清輝遺作展から−「女の顔」(素描) 朝日新聞 昭和29年7月13日
石井柏亭 後進に正しい示唆−黒田清輝展を観て 東京新聞 昭和29年7月15日
矢代幸雄 黒田清輝遺作展から−「春の名残」「木いちご」など 朝日新聞 昭和29年7月15日
中村研一 黒田清輝遺作展から−自画像 朝日新聞 昭和29年7月16日
石井柏亭 黒田清輝遺作展から−「昔語り図」習作の仲居 朝日新聞 昭和29年7月17日
白滝幾之助、辻永、河北倫明、隈元謙次郎、勝目清 日本画壇の先覚者黒田清輝を語る−座談会 南日本新聞 昭和29年7月21日
徳大寺公英 黒田清輝小論−国立近代美術館黒田清輝展 みづゑ589 昭和29年9月
白滝幾之助 黒田清輝先生のこと−おもいだすまゝ− みづゑ593 昭和30年1月
隈元謙次郎 黒田清輝作品補遺(上) 美術研究177 昭和30年2月
大久保作次郎 黒田清輝先生 形象4 昭和31年1月
嘉門安雄 黒田清輝の芸術−口絵解説− 文芸春秋34−9 昭和31年9月
隈元謙次郎 美の美−黒田清輝「朝妝図」 日本経済新聞 昭和31年12月28日
河北倫明 巨匠列伝・洋画篇1−黒田清輝 評5−5 昭和33年5月
黒田照子 名作のモデル−「湖畔」のこと 現代の眼42 昭和33年5月
徳大寺公英 日本の近代化と絵画−外光派の出発をめぐって− 文学27−5 昭和34年5月
中沢弘光、辻永、野田九浦、松山省三 黒田先生の思い出を中心に(座談会) 日展美術10・11 昭和35年6・9月
隈元謙次郎 絵画史上の大きな足跡−黒田清輝展 毎日新聞 昭和36年2月4日
隈元謙次郎 美の美−黒田清輝「洋灯と二児童」 日本経済新聞 昭和36年2月9日
北川桃雄 高雅な詩情のながれ−黒田清輝名作展 朝日新聞 昭和36年2月11日
隈元謙次郎 ブレハの黒田清輝 みづゑ672 昭和36年4月
隈元謙次郎 美の美−黒田清輝「木苺」 日本経済新聞 昭和36年5月20日
喜田幾久夫 洋画家の消息集覧その九−黒田清輝 日本美術工芸288 昭和37年9月
宮本三郎、原田実 黒田清輝−日本近代洋画の父−そのプラスとマイナスの財産(対談) 美術手帖212 昭和37年11月
K 東京美術散歩25−黒田清輝「温室」 東京新聞夕刊 昭和37年11月20日
嘉門安雄 日本の美女19−黒田清輝の「舞妓」 毎日新聞 昭和37年12月9日
匠秀夫 「朝妝」裸体画問題とその前後−明治絶対主義政権下における洋画の性格その一− 札幌大谷短期大学紀要1 昭和38年11月
土屋悦郎 近代日本美術家の文献紹介(4)−黒田清輝 現代の眼110 昭和39年1月
-- 黒田清輝『湖畔』(日本の美女) 毎日新聞 昭和39年8月4日
隈元謙次郎 わが郷土の名家1鹿児島県−黒田清輝 萠春128 昭和39年11月
隈元謙次郎 「朝妝」をめぐる裸体画の問題−近代日本の裸体画の受けとり方− 現代の眼126 昭和40年5月
小倉忠夫 特集・近代日本を創った100人(芸術家10人)−黒田清輝と近代洋画 中央公論80−9 昭和40年9月
黒田照子 なつかしい絵のかずかず−亡夫清輝の思い出 日本経済新聞 昭和40年10月27日
徳大寺公英 黒田清輝と日本の近代−黒田清輝生誕100年展(ブリジストン美術館)をきに みづゑ730 昭和40年12月
和田三造、坂崎坦、隈元謙次郎 黒田清輝の想い出(座談会) 萠春143・144 昭和41年4・5月
乾由明 特集日本近代美術の主人公たち−3浅井忠と黒田清輝 美術手帖270 昭和41年7月
河北倫明 「日本洋画百年史展」から−「温室花壇」黒田清輝 信濃毎日新聞 昭和41年9月22日
河北倫明 絵で見る明治百年4−昔語り下絵−黒田清輝 芸術生活211 昭和42年2月
竹田道太郎 斜視的美術史−近代日本の百年④−黒田清輝と裸体画 国際写真情報41−4 昭和42年4月
高階秀爾 黒田清輝−日本近代美術史ノート・2 季刊芸術2 昭和42年7月
匠秀夫 黒田清輝の北海道旅行 北の友43 昭和42年10月
三浦一郎 黒田清輝〈日記帖〉 東京新聞夕刊 昭和43年8月11日
外山卯三郎 明治洋画史−黒田清輝と〈むらさき派〉の画家たち(1)〜(5) 美術グラフ18−7〜11 昭和44年8〜12月
隈元謙次郎編 黒田清輝 近代の美術6 昭和46年9月
匠秀夫 特集・黒田清輝 三彩303 昭和48年6月
今泉篤男 学芸−黒田清輝展によせて 毎日新聞夕刊 昭和48年6月18日
隈元謙次郎 黒田清輝の風景画 毎日新聞夕刊 昭和48年6月22日
隈元謙次郎 黒田清輝の風景画 毎日新聞夕刊 昭和48年7月22日
寺田透 黒田清輝回顧 みづゑ821 昭和48年8月
河村一夫 歴史手帖−クローデル大使の黒田清輝への弔辞 日本歴史305 昭和48年10月
原田実 没後50年の評価−中村彝・黒田清輝・富岡鉄斎 読売新聞夕刊 昭和48年11月12日
副島三喜男 黒田清輝−そのもう一つの「朝妝図」 絵126 昭和49年8月
岩瀬敏彦 黒田清輝の位置 美術ジャーナル31・32号合併号 昭和50年6月
河北倫明・高階秀爾・芳賀徹 連載座談会・芸術の精神史⑦岡倉天心と新様式の展開(II)−黒田清輝の「舞妓」をめぐって− 淡交342 昭和50年7月
匠秀夫 黒田清輝の北海道旅行 季刊本の手帖18 昭和51年7月
馬場京子 四季の女8−照子夫人の素顔−黒田清輝・湖畔解説 婦人公論 昭和52年8月
芳賀徹 画家の留学−黒田清輝の場合− 国際交流15 昭和52年11月
今泉篤男 落穂拾い−黒田清輝のこと 絵171・172 昭和53年5・6月
野見山暁治 名画歳時記−湖畔 東京新聞サンデー版 昭和53年7月9日
大木衛 フランス留学時代の黒田清輝−黒田清輝日記より 千葉県立美術館紀要2 昭和53年9月
白洲正子 日本の美−黒田清輝の女人像 サンケイ新聞夕刊 昭和53年9月1日
関千代 黒田清輝の挿絵−「フィガロ・イリュストレイ」に載った− 絵183 昭和54年5月
田中穣 名画の誕生⑧−黒田清輝−日本洋画の父 中央公論1109 昭和54年8月
関千代 名画をたずねて②−黒田清輝「湖畔」 京都新聞夕刊 昭和54年9月6日
芳賀徹 グレーの秋 文学界34−5 昭和55年5月
東珠樹 随想日本油彩画史(11)−黒田清輝と外光派 点描151 昭和56年2月
吉岡てい 〔資料紹介〕−「小室勤像」について 埼玉県立博物館紀要7 昭和56年3月
東珠樹 随想日本油彩画史(12)(13)−黒田清輝と藤島武二 点描152・153 昭和56年4・5月
平川祐弘 黒田清輝のモデル、マリア 文学界35-5 昭和56年5月
陰里鉄郎 近代日本洋画の人物画十選②−黒田清輝「東久世伯肖像」 日本経済新聞 昭和56年12月10日
堀坂政太郎 読者投稿私の贋体験−SEIKI KOURODAは黒田清輝? 芸術新潮34−5 昭和58年5月
神吉貞一 美術エッセイ−黒田清輝と久米桂一郎−「コラン先生追憶記」の対比から 絵233 昭和58年7月
匠秀夫 日本の裸婦十選①−黒田清輝−裸体婦人像 日本経済新聞 昭和58年9月1日
福田徳樹 明治洋画散歩・二−黒田清輝・「ブレハの少女」 萠春336 昭和58年12月
三輪英夫 黒田清輝筆「智・感・情」をめぐって 美術研究328 昭和59年6月
三輪英夫 第二次大戦で焼失した名画−黒田清輝「朝妝」に色を塗る 芸術新潮35−8 昭和59年8月
四蔵典夫 黒田清輝作−桜島噴火連作について MUSEUM KYUSHU15 昭和59年12月
歌田眞介 黒田清輝と明治初期のデッサン アトリエ698 昭和60年4月
橋富博喜 黒田清輝作≪昔語り≫と≪智・感・情≫−その「平面性」について−(第37回美術史学会全国大会発表趣旨) 美術史117 昭和60年3月
橋富博喜 黒田清輝≪昔語り≫と≪智・感・情≫−その「平面性」について デアルテ(西日本文化協会九州芸術学会)1 昭和60年3月
三輪英夫 名作の解読−黒田清輝「智・感・情」 季刊みづゑ935 昭和60年6月
陰里鉄郎 黒田清輝が描いたパリの恋人、日本の愛人 芸術新潮36−9 昭和60年9月
三浦定俊 エミシオグラフィの黒田清輝画油絵調査への応用 古文化財の科学30 昭和60年12月
瀬木慎一 連載(十三)−作家評価の根本問題−黒田清輝における観念と感性 芸術公論13 昭和61年5月
高階秀爾 百年の日本人−黒田清輝①〜④ 読売新聞夕刊 昭和61年7月8日〜11日
藤枝晃雄 黒田清輝と近・現代−擬という楯の両面表す−「湖畔」と「智・感・情」 新美術新聞 昭和61年7月21日
-- Seiki Kuroda Pioneer Of Western-Style Painting THE DAILY YOMIURI 昭和61年7月21日
JUDITH CALLANDER Entertainment−Seiki Kuroda Exhibit at Teien Art Museum ジャパンタイムス 昭和61年7月22日
寺田千墾 構想画にぎごちなさ−黒田清輝展 東京新聞夕刊 昭和61年7月23日
知・情・意の均整−黒田清輝展 世界日報 昭和61年7月24日
米倉守 明治の香気とのびやかさ−黒田清輝展 朝日新聞夕刊 昭和61年7月30日
滝悌三 洋画を自立させた軌跡−黒田清輝展 日本経済新聞 昭和61年7月30日
宝木範義 黒田清輝展−黒田清輝「湖畔」(明治30年) 公明新聞 昭和61年8月2日
黒田清輝生誕百二十年回顧展−「洋画の父」別の姿を見せる 読売新聞夕刊 昭和61年8月5日
-- 幻の「木かげ」90年ぶり帰国 朝日新聞 昭和62年6月13日
-- 黒田清輝の「木かげ」帰国決定 朝日新聞夕刊 昭和62年6月30日
-- ロンドンで4億円の値がついて見直しました わが家の黒田清輝 週刊朝日3646 昭和62年7月17日
住友慎一 埋もれていた日本洋画・明治編③−外光派黒田清輝の絵画 目の眼131 昭和62年9月
畑麗 港区ゆかりの画家たち その3−黒田清輝 港郷土資料館だより11 昭和62年10月
菊畑茂久馬 絶筆 いのちの炎⑩−黒田清輝「梅林」 西日本新聞夕刊 昭和63年1月18日
祝迫正豊 黒田清輝「桜島爆発図」 市立美術館だより(鹿児島市立美術館)24 昭和63年4月
松本誠一 研究ノート−黒田・久米にみる理想画の行方 佐賀県立博物館・美術館報82 昭和63年9月
高山優 麻布長谷寺−黒田清輝墓の改葬 港郷土資料館だより13 昭和63年10月
橋富博喜 黒田清輝と装飾壁画 現代の眼408 昭和63年11月
三輪英夫 パリ留学生の青春くっきり−美術家らの同人誌「パンテオン会雑誌」 朝日新聞夕刊 昭和63年12月1日
山梨絵美子 黒田清輝と白百合のモチーフ 視る(京都国立近代美術館ニュース)259 平成元年1月
小泉淳一 自然を背景とする人物−黒田清輝私論 明治美術学会第四十一回研究報告42-3 平成元年6月
陰里鉄郎 黒田清輝の芸術−近代洋画の父 アサヒグラフ別冊 日本編60 平成元年8月
奥谷博 黒田清輝の作品のこと アサヒグラフ別冊 日本編60 平成元年8月
白洲正子 黒田清輝の風景 アサヒグラフ別冊 日本編60 平成元年8月
黒田ョ綱 伯父・清輝の思い出 アサヒグラフ別冊 日本編60 平成元年8月
三輪英夫 描かれた日本の子供たち(一)−黒田清輝「木苺」 古沢岩美美術館月報171 平成元年10月
中地昭男 房総の作家素描 そのLXX−黒田清輝 房総の美術史(千葉県立美術館)70 平成元年12月
-- 資料紹介−黒田清輝筆「赤き衣を着たる女」 黎明(鹿児島県歴史資料センター黎明館)7-4 平成2年1月
三輪英夫 図版解説−黒田清輝筆−少女雪子十一歳 美術研究348 平成2年8月
山梨絵美子 庭にモチーフを得た黒田清輝の作品とその自然観 明治美術学会第四十九回研究報告49-3 平成2年8月
芥川喜好 黒田清輝−案山子 読売新聞日曜版 平成2年10月14日
中江彬 黒田清輝作「昔語り」とポーズ−楽園思想の研究(二)− 人文学論集(大阪府立大学人文学会)9・10 平成3年3月
山梨絵美子 黒田清輝の作品と西洋文学 美術研究349 平成3年3月
三輪英夫 黒田清輝と構想画−「昔語り」を中心に− 美術研究350 平成3年3月
三輪英夫 黒田清輝−湖畔 国華1150 平成3年9月
矢口國夫 名画物語−黒田清輝「舞妓」 毎日新聞日曜版 平成3年9月29日
山梨絵美子 図版解説−黒田清輝筆−其日のはて下絵(一)(二) 美術研究353 平成4年3月
松本誠一 研究随感−明治40年(1907)前後の黒田清輝 佐賀県立博物館・美術館報96 平成4年3月
小谷野匡子 修復家からみた名画のうらおもて57−黒田清輝の油彩画−「庭の菊」− 目の眼187 平成4年5月
山梨絵美子 黒田清輝 週刊アーティスト・ジャパン22 平成4年7月
高階秀爾 黒田清輝と「構想画」 近代画説1 平成4年11月
柴崎信三 裸体画騒然㊤−受難の名画「朝妝」 日本経済新聞Weekend Nikkei 平成4年11月21日
福富太郎 福富太郎のアート・キャバレー17−紫外線で名誉挽回 黒田清輝の侯爵像 芸術新潮44-10 平成5年10月
松本誠一 資料紹介−黒田清輝書簡(久米桂一郎宛) 佐賀県立博物館・美術館報106 平成6年7月
植野健造 研究報告−思想表現としての絵画−黒田清輝作≪智・感・情≫− 石橋財団ブリヂストン美術館石橋美術館館報42 平成6年10月
高階秀爾 黒田清輝におけるオランダとイタリア 近代画説3 平成6年10月
木村重信 世界美術史この一点(222)−黒田清輝の「湖畔」 信濃毎日新聞 平成6年12月5日
立元史郎 黒田清輝−晩年の風景画− 市立美術館だより(鹿児島市立美術館)38 平成7年2月
田中淳 明治の洋画 黒田清輝と白馬会 日本の美術351 平成7年8月
隠岐由紀子 日本洋画の世紀末−黒田清輝とスーラ、クリムト、ホドラーらとの同時性 国文学40−11 平成7年9月
田村義也 黒田清輝の絵画思考 比較文学研究(東大比較文学会)67 平成7年10月
長門佐季 近代日本美術家列伝29−黒田清輝 美術手帖715 平成7年11月
小林嘉樹・石井亨 修復記録−黒田清輝《杣》 館報(石橋財団ブリヂストン美術館)43 平成7年12月
橋富博喜 作品カタログ−黒田清輝《針仕事》《鉄砲百合》 館報(石橋財団ブリヂストン美術館)43 平成7年12月
藤本陽子 美術よもやま話−黒田清輝作「昔語り」について アートフォーラム(茨城県近代美術館)33 平成7年12月
高階絵里加 黒田清輝の岡倉天心像−≪智感情≫の主題と成立をめぐって− 美術史139 平成8年2月
丹尾安典 ≪朝妝≫拾遺考 早稲田大学大学院文学研究科紀要42−3 平成9年2月
荒屋鋪透 グレー=シュル=ロワンの黒田清輝−未完の「大きな肖像」と芸術家ブルス夫妻− 美術研究367 平成9年3月
荒屋鋪透 連続講演会「日本絵画の西洋受容−江戸から現代まで」の発表要旨−第3回講演会:明治の印象派−淺井忠と黒田清輝 日仏美術学会会報16 平成9年3月
坂本一道 東京美術学校西洋画科油画作品の研究U−14黒田清輝−レンブラント「トゥルプ博士の解剖講義」模写 東京芸術大学美術学部紀要32 平成9年3月
坂本一道 東京美術学校西洋画科油画作品の研究U−15黒田清輝−レンブラント「羽根帽子をかぶった自画像」模写 東京芸術大学美術学部紀要32 平成9年3月
坂本一道 東京美術学校西洋画科油画作品の研究U−16黒田清輝−ルイニ「耶蘇降誕」模写 東京芸術大学美術学部紀要32 平成9年3月
吉田千鶴子 東京美術学校と白馬会−岡倉天心と黒田清輝− 近代画説5 平成9年3月
荒屋鋪透 バルビゾンの黒田清輝−画家グリフィンとの交友をめぐって 芸術学(三田芸術学会)1 平成9年7月
加藤類子 日本の夏十選①−黒田清輝「湖畔」 日本経済新聞 平成9年8月7日
河野元昭 日本近代洋画とシンプリシティー−黒田清輝を中心に− 鹿島美術研究(年報別冊)14 平成9年11月
金子一夫 研究発表〈要約〉−黒田清輝・外交派の絵画意識と美術教育 近代画説6 平成9年12月
田中淳 研究発表〈要約〉−黒田清輝と白馬会 近代画説6 平成9年12月
木島隆康 東京国立文化財研究所蔵−黒田清輝「舞妓」修復報告 修復研究所報告13 平成9年12月
隠岐由紀子 黒田清輝をめぐる洋画黎明期の裸婦像 武蔵野美術大学研究紀要28 平成10年1月
ヨシダ・ヨシエ 美術エッセイ−思考の素描つれづれ草−その六―インターナショナルとは何か 絵412 平成10年6月
布施英利 美の探検59−人のかたち⑤−黒田清輝「智」「感」「情」 信濃毎日新聞 平成10年6月1日
柴崎信三 留学−100年前の物語−洋行の風景⑨、⑪ 日本経済新聞夕刊 平成10年10月5・ 7日
塩谷純 近代日本洋画の巨匠黒田清輝展1−湖畔 山陽新聞 平成10年10月25日
山梨絵美子 近代日本洋画の巨匠黒田清輝展2−編物する女 山陽新聞 平成10年10月26日
山梨絵美子 近代日本洋画の巨匠黒田清輝展3−赤髪の少女 山陽新聞 平成10年10月27日
田中淳 「近代日本洋画の巨匠黒田清輝展」に寄せて 山陽新聞 平成10年10月30日
塩谷純 近代日本洋画の巨匠黒田清輝展4−昔語り下絵(構図II) 山陽新聞 平成10年11月4日
塩谷純 近代日本洋画の巨匠黒田清輝展5−「智・感・情」のうち「感」 山陽新聞 平成10年11月8日
山梨絵美子 近代日本洋画の巨匠黒田清輝展6−案山子(かかし) 山陽新聞 平成10年11月15日
井口智子、加藤淳子、歌田眞介、三浦定俊 黒田清輝「湖畔」調査報告 保存科学38 平成11年3月
中川素子 本のアート十選7−黒田清輝「読書」 日本経済新聞 平成11年3月10日
渡辺一郎、宮ア安章、田村和稔、村山浩規 黒田清輝「智・感・情」修復報告 修復報告所報告14 平成11年5月
宮田順一 黒田清輝「智」「感」「情」試料片調査報告 修復研究所報告14 平成11年5月
伊藤由美、木島隆康 黒田清輝「編物する女」修復報告 修復研究所報告14 平成11年5月
山本育夫 ボクのアート・リーディング−赤髪の背面少女が見ているものは何? ドーム44 平成11年6月
児島薫 黒田清輝にみる裸体画の受容とその影響 美学美術史学(実践女子大学)14 平成11年10月
杉山章子 第五十二回全国大会研究発表要旨−近代日本洋画におけるピュヴィス・ド・シャヴァンヌの受容について−黒田清輝の壁画制作を中心に− 美術史147 平成11年10月
永田雄次郎 ラフカディオ・ハーンと第四回内国勧業博覧会−その美術史的意義について− 人文論究(関西学院大学人文学会)49-3 平成11年12月
高松麻里 展示の倫理と、観衆の成立−黒田清輝『智・感・情』に見る、「美術」の社会化 京都大学文学部美学美術史学研究室研究紀要21 平成12年3月
新関公子 思索にいざなう花十選7−黒田清輝「鉄砲百合」 日本経済新聞 平成12年4月11日
文化庁文化財保護部 新指定の文化財(美術工芸)−重要文化財の指定−〔絵画〕−智・感・情 文化財(月刊)441 平成12年6月
陰里鐵郎 一語一会−天性ノ好ム処ニ基キ 朝日新聞夕刊 平成12年10月25日
高梨 其決果ノ好悪ハ只天ニ御座候−近代日本洋画の巨匠黒田清輝展に寄せて− フラミンゴ(滋賀県立近代美術館)65 平成12年12月
生田誠 日本人の足跡48−パリに咲いた画才①−黒田清輝 浅井忠 産経新聞 平成13年3月4日
川西由里 森鴎外ゆかりの作家②−黒田清輝 島根県芸術文化センター(仮称)準備ニュース5平成13年8月
増田久美、宮田順一 黒田清輝「昔語り下絵(僧)」修復報告及び調査結果 修復研究所報告15 平成13年9月
山西健夫 近代洋画の風−維新・薩摩に生まれた黒田清輝1〜6 読売新聞(西部)夕刊 平成14年1月5・12・19・26・2月2・9日
北澤尚 黒田清輝の書簡の語彙と語法 東京学芸大学紀要第2部門人文科学53 平成14年2月
大西若人 「日本近代洋画の父」と呼ばれるが…黒田清輝、技術に「不手際」 朝日新聞 平成14年3月4日
「黒田清輝≪智・感・情≫」−東京文化財研究所美術部編−美術研究作品資料−第1冊 読売新聞 平成14年7月14日
Masashi URAKAMI 黒田清輝とヨーロッパ・アカデミズム絵画の伝統 福岡大学人文論叢34−2 平成14年9月
田中淳 美と出合う−黒田清輝記念室 赤髪の少女 中日新聞 平成14年10月20日
前村卓巨 『黒田清輝の下宿先』の特定から【黒田清輝通り】実現まで 美友(鹿児島市立美術館友の会)20 平成14年11月
-- 黒田清輝−洋画への挑戦 小学館ウィークリーブック週刊日本の美をめぐる36 平成15年1月14日
大川智子 黒田清輝のオランダ滞在 女子美術大学研究紀要33 平成15年3月
星瑠璃子 いくつも感動をかさねて美と出会う旅−日本近代洋画の父。黒田記念館 月刊茶の間25−4 平成16年4月
シルヴィア・ヴェスコ シルヴィア・ヴェスコが語る日本絵画の10点−湖畔−色彩と抒情における新たなボキャブラリーの獲得 美術画報43 平成16年6月
橋本治 ひらがな日本美術史−日本人の好きなもの黒田清輝筆「湖畔」 芸術新潮55-7 平成16年7月
-- 「湖畔」ここで描いた−箱根・芦ノ湖−黒田清輝の研究家が特定 朝日新聞夕刊 平成16年8月31日
-- 浪漫航海−黒田清輝の渡欧航海日記 船の旅16−5 平成16年10月
田中淳 黒田清輝にとってのフランス留学 船の旅16−5 平成16年10月
秦爽 日本美術における「近代洋画」の特質について−黒田清輝、岸田劉生を中心として− 美術科研究(大阪教育大学美術教育講座・芸術講座)21 平成16年11月
高階絵理加 鹿児島市立美術館「この一点」−黒田清輝「アトリエ」 週刊朝日百科日本の美術館を楽しむ36 平成17年6月
樺山紘一 連載・36−マエストロの風景−黒田清輝 週刊朝日百科日本の美術館を楽しむ36 平成17年6月

江川佳秀

近代日本洋画の巨匠黒田清輝展−県立近代美術館− 1〜4

徳島新聞 平成17年8月4〜6・8・9日


 
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