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古写真 名古屋城本丸御殿

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撮影の経緯
 東京文化財研究所は、末延財団の援助により、1938(昭和13)年に名古屋市公園課の協力を得て名古屋城本丸御殿障壁画の撮影を行いました。1938(昭和13)年6月21~30日、8月16~17日の2回にわたる撮影では、菅沼貞三、田中喜作、浦崎久一が調査を行い、中根勝が富士パンクロ中板を使用して撮影を行いました。また名古屋市の近藤銀治郎及び服部忠治郎が撮影補助として雇われました(『昭和14年4月起末延財団会計書類』)。1945(昭和20)年5月の空襲で焼失する以前の本丸御殿が撮影されており、当時の姿をとどめる貴重な写真資料です。戦前に名古屋城を大々的に調査撮影した例としては、(1)1930(昭和5)年に宮内庁から名古屋市へ下賜される際、帝室博物館が行った調査撮影(『名古屋離宮障壁画大観』、聚楽社、1930年)、(2) 1941(昭和16)年に名古屋市役所が記録として建築学的調査も含め行った撮影(『国宝史蹟名古屋城』、名古屋市、1942年)の2つが知られています(『懐古國宝名古屋城』、名古屋城振興協会、2000年)。当研究所に現存するガラス乾板は四切板85枚、キャビネ板440枚にのぼり、(1)(2)の撮影と構図等が重なる写真が多いものの、「対面所納戸次之間」や「上洛殿納戸之間」のような見過ごしがちな場所まで丁寧に撮影しており、また焼失した作品の写真も多数あり、美術史学的観点から、より鮮明、正確に障壁画の図様をとらえようとした努力がうかがえます。従来の場所から外されている杉戸絵や、廊下に見学コース用の低い柵があるなど、一般に公開されていた様子も見てとれ、(1)(2)の調査の間を埋める資料として高い価値があるものと言えます。この撮影は開所時の1930(昭和5)年より開始された「東洋美術総目録」の障壁画部門の調査に随従するものと考えられますが、戦争によって調査が困難となり、成果の公表には至らなかった調査研究の一つです。

東京文化財研究所では、1930(昭和5)年の設立以来、美術品や建築など文化財の調査写真を蓄積してきました。ここではその一部を、2006(平成18)年度より5ヶ年計画で進めている「専門的アーカイヴの拡充(資料閲覧室運営)」の成果の一環として公開します。
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