ブックタイトル「鉄構造物の保存と修復」日本語版

ページ
10/120

このページは 「鉄構造物の保存と修復」日本語版 の電子ブックに掲載されている10ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

「鉄構造物の保存と修復」日本語版

2.2.供用施設としての機能確保表2からわかるように、文化財指定された鉄構造物の多くは、社会基盤施設として供用されている橋梁である。中には、平時だけでなく非常時にも主要輸送路の一部として使用しなければならない施設も含まれている。これらの施設には、被災したら一旦閉鎖し、ある程度時間をかけて復旧・保存修理を行うことができる神社仏閣や展示施設とは異なるレベルの安全性、機能性が求められる。その前提に立って考えると、施設管理者にとって問題になるのは、文化財であることで通常の安全確保策と何が変わるかという点であろう。それに端的に答えれば、文化財として護るべき価値の所在を明らかにして、それを損なわないような最小限の補強、修理を行うということになる。永代橋(p. 93)と清洲橋(東京都)の耐震補強工事は、それを実践した好例といえる4。最小限の補強、修理の見極めは物件ごとに異なるが、共通事項があるとすれば、それは保有性能の把握の精度によって、工事内容が大きく変わりうるという点であろう。例えば、構想から工事着手まで10年以上の年月を要した美濃橋(岐阜県)(p. 91)の場合、当初は通常の劣化調査に基づき、吊橋のケーブル全体の腐食が著しいと判断されたため、まずはケーブル全体の取替え、次に吊橋の価値を改めて検討した上で、当初部材(わが国現存最古のスウェーデン製ケーブル)を残しつつ新たなケーブルを追加する案が提示された。その後、事業中断を経て、再び事業着手するにあたり詳細な調査工事を行ったところ、ケーブル全体のうち補強が必要なのはアンカーとの取り合い部分だけであることが判明し、結局工事全体のボリュームを大きく減らすことができた。もちろん保有性能は、劣化状況だけに左右されるわけではない。当然、構造物の現状をデータ化して行う構造解析の結果が、保有性能を知るための基礎資料となる。しかし、ここでも留意したいのは、近代の鉄構造物の多く(特に橋梁)は、煉瓦造建造物と違って、もともと構造計算等を行った上で建設されているという点である。当初の設計図書や発注した鋼材メーカーのカタログ(写真1)を参考にすることで、その構造をより正確に把握することができる。これを実践したのが、前記永代橋(東京都)や登録有形文化財の森村橋(静岡県)(p. 90)で、資料調査に手間をかけた分、必要な補強の範囲を絞り込むことができ、通常の耐震補強工事で想定するより小規模な補強で済む結果となっている。前記「鉄構造物の保存と活用に関する勉強会」では、鉄構造物の事前調査で部材寸法の測り方に迷いがある状況が紹介されているが、あらかじめ資料調査を行い、その構造的特質を把握しておけば、それも自ずと見えてくることだろう。さらに現実には、交通量が少なく本格的な補修工事を行う優先順位は低いものの、供用施設として何らかの補強が求められる物件もある。この場合、将来の本格工事を見据えつつも、当面機能を維持するための経過的補強が行われることがある。前記森村橋では、文化財的対応が意図されたわけではないだろうが、低予算による最小限の補強工事を昭和後期に行い、価値の保全が図られている。写真1米国Cambria社のIビームの規格と想定荷重の例((株)文化財保存計画協会提供):現在この種の情報はウェブ上で容易に入手することができる。8第1章研究の概要