ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

また数値解析についても一つの方法だけで検討を行うのではなく、複数の方法によってクロスチェックをかけることが望ましいとされている。さらに組積造建造物の場合、材料の質や劣化のばらつきが大きく、これをどう調査し、その結果をどう数値解析に盛り込むかや、解析結果をどう評価するかなど、技術者の判断が求められる部分も多い。文化財指針では、上記の通り、組積造文化財建造物の耐震性を、数値解析の結果からだけでなく、多角的な視点から定量的、定性的に評価することを求めている。数値解析の方法については、文化財指針にLV1 ?LV3の三段階が示されている。各方法の概略を説明すると、LV1は最も簡単な方法で、建物全体の耐力を各耐震壁等の耐力の総和から求め、地震力との比を地震係数として求め、耐震性を判断するというものである。LV2は極限解析と呼ばれるもので、組積造建造物の典型的な崩壊機構に基づき建物の危険箇所を部分的にモデル化し耐震性を検討する方法である(図1)。部分モデルは剛体仮定し、部分破壊や滑りは生じず、境界面の引張強度は0と仮定することで、計算を単純化する。崩壊機構が開始する加速度を求め、地震時の地動最大加速度との比を地震係数として求めるなどして耐震性を検討する。LV3は建物全体を有限要素法などで立体的にモデル化し、地震時の応力状態・変形状態を確認して、耐震性を検討する方法である。従来、弾性解析が行われることが多かったが、近年はパソコンの計算処理能力が向上し弾塑性解析も行われようになっている。LV1は通常、歴史的町並み全体の地震リスク評価などに用いられ、補強設計等には用いられていない。部分的な修理・補強が行われる場合には、LV2が耐震診断・補強設計に用いられ、必要に応じてLV3で検討が補足され、全体的な修理・補強が行われる場合には、LV2・LV3両方の検討を行ったり、LV2で対象建物に起こりうる崩壊機構全てを検討し、全体の耐震性を確認する。また密集した建造物群や増改築を繰り返した複雑な建物については、全体を対象にLV3の弾性解析を行って各部分がどのように影響しあうかを把握した上で、その部分を取り出しLV2やLV3の弾塑性解析などで詳細検討を行うこともある。イタリアでは特に崩壊機構に基づく部分モデルを用いた極限解析がよく用いられている。これは過去の地震で部分的な崩壊が頻繁に生じており、その崩壊機構に関する調査研究も進んでいることが背景としてあるようである。一方で日本では全体を対象とした解析、ここでいうLV3に相当するものが主流である。これは日本の木造文化財建造物の場合、過去の地震で生じている最も危険性の高い被害が、屋根がそのまま地に着くような全体が一体的に倒壊する形式であることに起因している。両国の組積造・木造の文化財建造物の構造特性に起因する被害傾向が、診断方法・対策方法に影響を与えているといえる。3.4.耐震補強既存建造物のここでは、現在用いられている代表的な補強方法を紹介する。まず、直交する壁同士、壁と床組・小屋組の取り合いなどの接合部強化には、伝統的な補強方法の一つであるタイビームがある。対面する壁に設置することで、壁が外側に開き上記の取り合いが外れることを防ぐ。タイビームは現在でも最小限かつ効果の大きい補強方法としてよく用いられている。この他にも同様の目的で建物外周もしくは外周壁内にステンレス等のバンドを設置したり、床梁端部を外周壁に金物で留めつける方法がある。壁の面外崩壊を防ぐ補強としては、伝統的な方法として控え壁を設ける事例もみられた(写真6)。壁の本来の性能回復もしくは性能向上には、伝統的に図1教会建築の崩壊機構(文化財指針より一部抜粋)写真6伝統的な補強方法(ファサード背面に控え壁を設置換)38第4章イタリアにおける組積造建造物の耐震について