ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

3.現状の地震対策3.1.法令・指針イタリアの文化財建造物の耐震対策に関わる主な法規・指針としては、文化財景観法典(Codice dei beniculturali e del paesaggio)、文化財建造物地震リスク評価・軽減ガイドライン(Linee Guida per la valutazione eriduzione del rischio sismico del patrimonio culturale、以下、文化財指針)、建築構造基準(Norme Tecnicheper le Costruzioni)が挙げられる。まず、文化財景観法典の第29条4項は、地震の危険性がある地域の文化財建造物の修復には構造性能向上措置(耐震補強)が含まれるとしている。文化財指針には、文化財保護と地震時の安全確保の両方の観点に配慮した上で、目標設定、構造調査、数値解析、補強計画、補強方法等について具体的にその考え方や手順を説明している。建築構造基準は、通達(Circolare)によって補完され、基準・通達それぞれの第8章が既存建築物に関する章となっており、組積造建造物の耐震対策に関する内容が含まれており、対象建造物が文化財である場合の注意点についても記述がある。日本の場合、文化財指定された建造物には、一般建築に適用される建築基準法は適用されず、文化財保護法が適用されており、その耐震性に関しては文化財指針が方針を示しているが、イタリアの場合、上記の通り、あくまで文化財建造物も既存建造物の一部として建築構造基準の適用を受け、詳しい内容が文化財指針等によって補足されている。3.2.対策目標イタリアでは既存建造物に対する耐震補強に、一部上述の通り、耐震基準を満たすまで全体を補強するIntervento di Adeguament(以下、基準充足補強)、基準は満たさなくとも少しでも耐震性を向上するInterventodi Miglioramento(以下、性能向上補強)、部分的に性能を向上するIntervento Locale(以下、部分補強)の三段階があり、文化財建造物の耐震対策においては基準充足補強ではなく性能向上補強を行うことが推奨されていて、現在、文化財建造物の対策で基準充足補強を行うことはないようである。ただし、性能向上補強を行う場合でも、定量的に補強前後の耐震性を評価し、補強効果を確認することを求めている。基準充足補強が行われない理由としては、以下の経済的・物理的・文化財的・構造的な理由が挙げられる。まず、基準充足補強を採った場合、補強量・工事範囲が増大し費用が高額になる(経済的)。また、特に密集する建造物群の場合、影響を及ぼしうる建造物群を全体として捉えた場合、全体について対策を行うことは通常難しく、部分的にならざるを得ない(物理的)。これは増築等を繰り返し大規模になった建造物にも当てはまる。加えて、膨大な補強量が必要となった場合、文化財的価値に与える影響が過大になる(文化財的)。さらに、この点は日本ではあまり意識されていないが、大幅に耐震性能を向上するために既存の構造特性を著しく変更することは、変更後の性能把握を困難にし、対策をコントロールすることを不可能にする恐れがあるため、構造上も望ましくないとされている(構造的)。前述の通り、イタリアでは1980年代に基準充足補強を行った建物が近年の地震で被害が受けており、こういった経験が考えの背景となっている。現在、日本では公開している文化財建造物の耐震対策において、安全性を一般建築レベルまで向上する方針を採ることが多く、この点は大きく異なっていると言えよう。イタリアでは性能向上補強の考えをさらに進展する形で、耐震性能をモニタリングしながら段階的に補強を進めていくことで、補強後の性能を確認して次の段階の補強が必要かどうか、どのような補強が適切かをその都度判断し、進めていく方法が提案されている。この方法は最小限の補強を実現し、文化財的・構造的・経済的に望ましい対策方法となることが期待されている。もちろん日本でも段階的な補強は既存建築のみならず文化財建造物においても推奨されているが、日本の場合、その全体計画を最初に立て行っていくことを求めている点で異なる。一方で、耐震性能が基準を満たさない建物をどのように使っていくかはやはり難しい問題のようである。建築構造基準では建物用途によって、文化財指針でも文化財の価値と建物用途によって、求める耐震性能が異なる。所有者は補強後、建物用途に見合った耐震性能を確保できているか確認することが求められ、建物用途を耐震性能に見合ったものに変更した事例もあるようだ。3.3.耐震診断既存建造物の場合、新築のものと異なり不確定な要素が多く、数値解析の結果だけからその耐震性を判断したり、補強計画を行うことは不可能である。このため、建物の増改築などに関する歴史調査、実物建物を対象とした非破壊・微破壊の構造調査、作成した試験体を用いた構造実験など、様々な調査によって情報を収集することが求められている。37