ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

まとめられる。2009年にイタリア中部で発生したラクイラ地震はアブルッツォ州の多くの歴史的な町・集落に被害をもたらした。中でも州都であるラクイラは町の規模が大きく歴史的建造物を多く有するが、その被害も特に大きかった(写真4)。この地域の建物によく見られる不揃いの石を貧弱な目地材で積み上げた壁はもろく崩れ、大きな被害要因となった。また、ウンブリア地震でも確認されたように現代工法で補強されていた建物にも被害が生じており、特に木造の小屋組や床組を鉄筋コンクリート造のスラブに置換していた建物には、明らかにこれらの補強が被害を拡大したとみられるものが散見された。さらに建物が密集してできた街区などの建造物群も大きな被害を受けており、これらの復旧方法も大きな課題となった。復旧において建造物群全体として十分な耐震性を確保するために、被災した建造物群の所有者達は、過半の建物の所有者で組合を作り、復旧に当たることが命じられた。また、建造物群の耐震性評価や対策方法に関する研究も進められた。また被害件数が甚大であるため、被災直後より復旧が長期化することが予測された。このため損傷の進展や余震による被害に配慮し、本格修理までの応急補強と損傷状況のモニタリングが実施された。応急補強に関しては、地震直後に実施された被害調査の結果に基づき、危険性の高い崩壊機構・部分を特定し、計画された。その補強には、傾いた壁に木や単管を用いた支柱を設置したり、建物周囲にバンドを設置し開きを拘束する方法などが用いられ、構造的観点からのみならず、周辺状況や経済性、施工性、文化財に与える影響等を考慮し方法が決定された。これらの数多くの現場経験は、地震後に策定された応急補強の設計手引(Manuale opere provvisionali l’intervento tecnico urgente in emergenza sismica)などに結実している。またモニタリングに関しては、変位計測や振動観測などの計測機器等を建物に設置し、定期的もしくは余震時に計測を行い、結果を総合的に判断する方法などが多く実施された。このシステムは地震後のモニタリング以外に、数値モデルとの特性比較からモデルのパラメーター調整に使われたり、補強前後の測定結果の比較から補強効果の確認にも用いられている。また、2010年から2012年にかけて、EU12カ国に所在する18の大学や研究機関からなるグループによって、文化財の地震対策に関するNIKERという研究プロジェクトが実施された。文化財建造物の材料や構造が持つ本来の耐震性能を出来る限り評価する方法や、最小限の介入で性能向上をする補強材料・技術などについて、学際的な視点から研究・開発が行われ、構造実験や現地調査も数多く実施された。現在、その成果はウェブサイトで公開されている。(http://www.niker.eu)2012年にはイタリア北部、エミリア・ロマーニャ州で地震が発生し、世界遺産に登録されている“フェラーラ:ルネッサンス期の市街地とポー河デルタ地域”や“マントヴァとサッビオネータ”などで歴史的建造物が破損した。中でもフェラーラのエステンセ城の被害は大きく、櫓の屋根上に建つ小塔が一部崩壊するなどの損傷が生じた。地震後、櫓は修復され上部内側に水平面を固める鉄骨ブレースが設置されたが、一方で建物内のフレスコ画に入った無数の亀裂は応急処置のみ施した状態のままとなっている(写真5)。この地震は、過去の被害の大きかった地震が山間にある、主に石積みの組積造を主とする地域であったのに対し、平野部の煉瓦積みの組積造を主とする地域で発生した点も特筆される。写真4ラクイラ地震の被害の現状(サンタ・マリア・デル・スフラヂオ教会)写真5フェラーラ地震の被害の現状(エステンセ城内部の亀裂の応急補修)36第4章イタリアにおける組積造建造物の耐震について