ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

ページ
37/130

このページは 未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復 の電子ブックに掲載されている37ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

しかし間もなく、1980年にイタリア南部でイルピニア地震が発生し、カンパーニャ州・バジリカータ州にまたがる広大な地域で甚大な被害が生じる。フリウリ地震同様、大量の文化財建造物に被害が発生したため、十分な研究等の進展のないまま、上記の補強方針が適用された。その後、この方針は国内の一般的な補強方法として定着し、建築構造基準にも記載されていくことになる。イルピニア地震後の文化財建造物の復旧には、上記の補強方法に加え、組積造のヴォールト天井や木造床組に鉄筋コンクリート造スラブを加えたり(写真2)、木造小屋組を鉄骨造に置換する補強も行われており、文化財的価値に与える影響の大きいと思われるものもあり、また筆者が当時復旧された建物をいくつか実査した限りでは、施工から30年ほど経ち、使用した鉄材の腐食等による補強部の劣化が確認され、耐久性やその後の維持管理に問題があったと思われるものもある。上記のような問題を踏まえ、地震後、文化財建造物に適した耐震対策に関する取り組みが積極的に行われていく。1975年に文化環境省(現、文化活動観光省(Ministerodei Beni e delle Attivita Culturali e del Turismo)、以下、文化省)が設置されたこともあり、イルピニア地震後の文化財復興に大きな予算が付いたことも後押しした。1984年には文化省と国民保護局(Protezione Civile)によって設置された学際的な専門家による委員会は、文化財の地震時の安全性確保に関し議論を進め、1986年に勧告、1989年にガイドラインが示された。既存の材料・構造の保存に配慮した可逆性のある補強方法や補強前後の耐震性能の定量的な評価方法などに関する研究が蓄積されていった。このような中で、耐震基準を満たすまで耐震性を向上する補強(Intervento di Adeguamento)に代わる考え方として、基準は満たさなくとも少しでも耐震性を向上する補強(Intervento di Miglioramento)が紹介されるようになる。この考え方は建築構造基準にも1986年の改正で既存建造物の対策の一つとして取り込まれ、さらに1996年の改正では文化財建造物の対策にはこの考え方を適用することが記述された。1997年にはイタリア中部で発生したウンブリア・マルケ地震が文化財建造物に被害をもたらした。中でもアッシジのサン・フランチェスコ聖堂ではヴォールト天井崩落に代表される甚大な被害が生じたが、地震後、破損した天井のフレスコ画の断片及び石材を出来る限り使用するとともに、天井上面をアラミド繊維で補強し、その天井を小屋組からスプリング付き鋼棒で吊るなどの対策を施し復旧され、2000年には“アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群”として世界遺産登録された。この地震ではフリウリ地震後に上記の方針に従って耐震補強を行った建物で被害が見つかり(写真3)、鉄筋コンクリート等を用いた現代的な補強方法に十分な効果がみられず、時に被害をより拡大させる可能性さえあることが判明した。これにより、補強に際し建物の構造特性を正しく理解する必要性や、既存の構造特性を著しく変える補強の危険性が強く認識された。また、地震後、増改築を積み重ねてきた建物は、その歴史についても十分調査し、増築部分の接続箇所等の確認を行うこと、地震時に隣接建物の影響を受ける建造物群の耐震性についてはその影響を考慮し評価を行うこと等の必要性が指摘されている。さらに、フリウリ地震以降、教会建築を対象に行われてきた典型的な崩壊の仕方(崩壊機構)に関する調査が対象を広げ進められ、建物類型毎の崩壊機構のパターンが一覧表で示され、これを用いたリミットアナリシスが行われるようになった。2007年には、フリウリ地震以降の議論や研究の成果が文化財建造物地震リスク評価・軽減ガイドラインとして写真2イルピニア地震後の補強(床の鉄筋コンクリートスラブ置換)写真3ウンブリア地震での現代工法の補強の被害(屋根の鉄筋コンクリートスラブ置換)35