ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

ソーで切断し、充填する工法である(文建協2010)。煉瓦基礎に防水層を設けるという点で、過去の対策を踏まえた方法と言える。もともと地盤改良のために基礎まで掘削を行なった状況で実施をしており、施工条件が適合したために実現できた工法といえるかもしれない。また、上記の直接的な方法とは対照的に、環境改善による間接的な方法が検討されているのが重要文化財旧碓氷峠鉄道施設の隧道である。兼ねてより塩類劣化・凍結破砕により隧道内の煉瓦が剥落することが問題となっていた同隧道では、塩類劣化や凍結破砕による劣化プロセスを調査し、塩類劣化による壁面崩落は、塩類の析出量がピークとなる冬場よりも後の時期、湿度が再び上昇して、既存の塩類が潮解する頃(梅雨時)に顕著であること、そして凍結破砕に伴う崩落は、冬場から春先にかけての限られた季節に集中してみられることを探り出し、暗幕を隧道の出入口に設けて温度をなるべく一定に保たせる環境改善による間接的な予防措置が提案されている(写真18,19)(朽津2005、p.11)。5.煉瓦造文化財の保存修理のまとめ煉瓦造文化財の補強・補修には、現行法規にあわせた安全性を確保する一方、オーセンティシティを守るために、可逆性や最小限の介入が求められる。その対応の歴史を紐解くと、黎明期は鉄筋コンクリートによる補強に限られていたが、昭和56年に同志社彰栄館ではじめて鉄骨補強が実施され、技術開発による補強の多様化がはじまった。鉄筋コンクリートによる補強は、その後の技術発展のなかで、悪者扱いされた面があるが、当時の技術者には合理的な考えがあったようだ。以降は、平成2年に旧金澤陸軍兵器支廠でステンレスピンによる補強が実施され8、同じく平成2年に竣工した山形県会議事堂では、バットレス補強による内部仕上げの保存が図られたほか、はじめて樹脂アンカーによる補強が行われた。樹脂アンカーによる補強事例は削孔技術の発達とともに増え、同じ削孔技術を利用したPC鋼棒による補強例もみられるようになった。そのほか、アラミドロッドによる補強(平成25年旧下関英国領事館、平成27年シャトーカミヤ旧醸造場施設)、免震(平成16年東京駅丸ノ内本屋、実施中慶應義塾図書館、旧長崎英国領事館)が文化財に導入されるに至っている。これらの補強を支えているのは、煉瓦壁への削孔技術や免震化工法などの施工技術の発展である。しかし反面、特許の取り扱いや高コスト化の問題が出てきている。また、補強技術は多様化したものの、可逆性や最小限の介入への対応をみると一長一短があり、最終的な解決策が見つかった訳ではなく、選択肢が増えたのが現状である。補修では樹脂注入によるひび割れ補修、積み直しによる補修を見直す事例を紹介した。シャトーカミヤ旧醸造場施設では、過去の樹脂によるひび割れ補修跡を調べて課題点を把握し、グラウトとアラミドロッドによる補修が選択された。煉瓦の物性に関わる問題(塩類劣化・凍結破砕)では、降雨による外壁などからの吸湿と、基礎からの吸湿を抑制するため、外壁へのコーティングや基礎への吸湿防止層の施工を実施した例がある(平成21年旧手宮機関車庫三号)。その一方、旧碓氷峠鉄道施設の隧道では、破損プロセスを精査することで、暗幕により温度変化を抑える簡易で効果的な方法が導き出された。煉瓦造文化財の補強・補修のために、今後も新技術が出てくるだろう。過去の修理を振り返り、使える技術は取り込むという、冷静な判断が必要と思われる。そのためには、修理に関わる技術者同士が対話し、フィードバックしあう場が必要かもしれない。近年に文化財建造物保存修理研究会が主催し、シャトーカミヤ旧醸造場施設で行われた現場ワークショップは、そのよい機会であったように思われる。写真18旧碓氷峠鉄道施設隧道写真19隧道内の環境改善実験の様子29