ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

3.10.ひび割れ、積み直し補修補修はひび割れ、はらみ出し、目地部分でのズレへの対処など、補強のように建物全体に対してではなく、破損に応じた判断がなされる。そのため、補強のような工法から整理することが難しく、ここでは重要文化財シャトーカミヤ旧醸造場施設の事例と、その後行われたワークショップの議論を紹介するにとどめたい。シャトーカミヤ旧醸造場施設は、平成23年に東日本大震災により被災し、災害復旧のための保存修理工事が行われた。工事を監理した公益財団法人文化財建造物保存技術協会は、破損した建物について過去に施された補修工事の振り返りを行っている(文建協2016、今関2017、p.35)。煉瓦のひび割れに対しては、樹脂の流動性と接着性に有用性を認め、補修のために樹脂注入が行われることがある。シャトーカミヤ旧醸造場施設事務所棟でも過去にこうした補修が行われていたが、被災した建物を調査したところ、補修された箇所の近傍に新たなひび割れが生じていた。もともとひび割れが生じやすい箇所で、補修箇所は強固に接着されていたため、近傍の弱いところに力が流れたと考えられる。そこで樹脂注入によるひび割れ補修の問題点を踏まえ、ひび割れ箇所にはアラミドロッドを目地部分に埋め込み、グラウト材を注入することとした。さらに今後被災した際に、再度ひび割れが生じる可能性を認め、補修時に記録を作成することの重要性も指摘している(今関2017、p.44)。煉瓦造の文化財における積み直しは、復原のための積み直しを除くと、1崩落部分の復旧、2ひび割れ・剥離が甚大な箇所を是正することが想定される。積み直しについては、平成28年10月に、シャトーカミヤ旧醸造場施設で行われた現場ワークショップ(文化財建造物保存修理研究会主催)で議論がなされており、オリジナルの材料をそのまま残そうと努力する考えと、保存修理自体を技術を受け継ぐ機会と捉えて施工し直す考え、について、意見が出たことが紹介されている(川崎2017、p.105)。記事によると、1工法が失われることへの懸念、2技術・コスト上の困難さ、そして、3技術を再現することは、残すことといえるのか、といった指摘がなされ、オリジナルの材料を残す考えに同意する意見の方が多かったように見える(川崎2017、p.108)。2、3については、煉瓦を積む職人の問題もあるだろう。旧三菱一号館(写真17)は、丸の内の再開発プロジェクトの一環として、平成19~21年にかけて復元された。その際、100人近い煉瓦積み職人が携わり、約230万個の煉瓦が使用された(小川2010)。伝聞ではあるが、手宮鉄道施設機関車庫三号に関わった煉瓦積み職人から、三菱一号館の施工のために、全国から煉瓦積み職人が集められたと聞いた。このことから推察すると、現存する煉瓦職人の数は、けっして多くないということになる。煉瓦造を施工する機会の少なさからしても、積み直すことよりも、工法を残す考えが大勢を占めていくのではないか。4.煉瓦造文化財の物性の問題煉瓦の物性に関わる問題は、主なものとして、煉瓦の塩類劣化、凍結破砕による材料劣化が考えられる。煉瓦表面から水分が蒸発する際に、水中に溶けていた成分が塩類の形で結晶することに伴って破壊される塩類劣化、多孔面素地の煉瓦に、外壁面から水が浸透した水が、凍結時の体積膨張を繰り返すことによって、表面にひび割れ、表層剥離を起こす凍結破砕は、いずれも煉瓦壁体への吸湿をいかに抑制するかが、対策の要点となる。軒下周辺、開口部下、壁面の取り合いなど、年間を通じて降雨が多くあたる面からの吸湿に対しては、薬剤を含浸させるなどしてコーティングすることが考えられ、材料試験の研究成果も報告されている(相川2015)。対策を講じることが難しいのは、基礎からの吸湿の抑制である。基礎からの吸湿防止対策は、過去においても認識されていたようで、煉瓦造建築物に関する解説書や、実際の建築物でもアスファルト等による防湿層が確認される。7旧手宮鉄道機関車庫三号では、吸湿防止層を間仕切壁に施している。手順は基礎まで掘削の上、ワイヤーソー挿入のため500mm間隔で目地に孔を開ける。孔にワイヤーを通して、ひとつおきにソーで孔の間を切断し、無収縮モルタルを充填する。そして、残りの孔の間を再度写真17旧三菱一号館28第3章煉瓦造文化財における保存修理について