ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

煉瓦造文化財における保存修理について井川博文文化庁文化財部参事官(建造物担当)付文化財調査官1.はじめに煉瓦造建造物の保存修理については、中村雅治氏が平成10年にまとめた論考がある(中村2000)。この論考で課題として提示されたのは、煉瓦を組み合わせた結果できあがる構造体の性状に関することと、煉瓦そのものの物性に関わることである。構造体の性状に関する問題とは、ひとつひとつの煉瓦を目地材を用いて積み上げる煉瓦構造体の性状を、地震等の自然災害、基礎の沈下等の経年変化からどのように維持し、その結果生じるひび割れ・剥離等の破損をどのように補修するのか、ということである。そして、煉瓦そのものの物性に関わる問題とは、多孔質のため吸湿性のある煉瓦が、その物性により白華現象や凍結破砕を生じる事に対して、どのような対策を取るかということである。本稿では、前者を補強・補修の問題、後者を物性の問題として整理し、煉瓦造文化財1の保存修理について、過去の事例から考えてみたい。2.煉瓦造文化財の補強・補修の問題煉瓦造文化財の補強・補修の問題の背景には、文化財としてのオーセンティシティの担保と、建物を利活用する上での安全性の確保をいかに両立させるか、という問いがある。オーセンティシティが目指すものは、現状の材料・工法に価値を置き、これをいかに残すか、ということである。このため、文化財への介入は最小限に留め、可逆性を残すことが求められる(鈴木2012、p.65、長谷川2012、p.69)。したがって、材料・工法をできるだけ変更することなく、また、建物を必要以上に解体することなく補強・補修を施し、かつ将来的にも、できるだけ建物に手を加えることなく補強・補修の再検討、再処理が可能である方法を採用することが望ましい(木村1997、p.33)。その一方で、建物として利活用をするためには、現行の基準にあわせた、安全性の確保や機能の維持が必要である(中村2000、p.20、矢谷1998、p.132)。補強・補修は必要に迫られて行うものだが、修理後の姿をどこまで整えるのか、という点については選択の幅がある。たとえば地震への長期的な備えとして必要となる補強材は、日常的には目立たせたくないという配慮があり、壁に生じたひび割れやズレは、積み直しなどにより補修し、見た目を整えるという配慮がある。その結果、オーセンティシティの基準は不変とはいかなくなる。以上のことから、技術者は文化財的な価値をいかに守りつつ補強・補修を施すか、知恵を絞ってきた。そこで以下は、各時代に技術者がどのように考えてきたのか、補強・補修についての過去の論考を参照として、利点と課題について整理し、技術者の葛藤の歴史をたどってみたい。なお、特許工法やコストについては、正確なデータを集めることができなかったため記していないが、工法選択の際には重要になると思われる。また、補強・補修は、建物ひとつに対して複数の方法が選択されるケースがほとんどであるため、建物と補強・補修方法が1対1で整理できるわけではないことを冒頭に注記する。3.煉瓦造文化財の補強3.1.鉄筋コンクリート補強室内側に鉄筋コンクリートを打設して耐震性を向上させる方法である(既存煉瓦造の壁体は構造強度を有していないと仮定することもある)。利点としては、耐火性が期待できることである。欠点としては、室内の有効面積が狭くなってしまうこと、補強躯体の重量が増大してしまうこと、コンクリートの中性化により、長期的には打ち替えが必要となる可能性があること、鉄筋コンクリートの補強躯体に雨水が浸透することで、煉瓦表面に塩類が析出し表面が風化するエフロレッセンスによる劣化の可能性があることがあげられる。重要文化財同志社有終館は、明治20年に建設された同志社大学最初の図書館で、昭和3年に火災により壁面22第3章煉瓦造文化財における保存修理について