ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

図3東京形煉瓦の寸法図4煉瓦モデュール寸法ていた、矩形平面の煉瓦造倉庫の図面の分析を試みる。図2で気が付くことは、寸法の芯の取り方が煉瓦壁の外則であることと、やはり「分」の位まで書かれていることである。桁行は40.14(40尺1寸4分)、梁間は21.03(21尺3分)である。一方で、明治後期の煉瓦生産の事情について記すと、当時は工場における規格寸法による煉瓦の大量見込み生産が行われていた。標準的な煉瓦は東京形と称され、その寸法は7寸5分×3寸6分×2寸であった(図3)。煉瓦を積むためには、煉瓦どうしを接着させるためのモルタル等の目地が必要である。目地にも寸法があり、3分(約9mm)とか2分5厘(約7mm)が当時は標準的であったようである。旧醸造試験所の煉瓦造建築は3分を採用している。東京形煉瓦の短手寸法3寸6分に目地幅寸法3分を足した3寸9分(3.9寸=0.39尺)がモデュール寸法である(図4)。これを機械的に並べていくと103単位で40.17尺となる。煉瓦造倉庫の桁行寸法は外法なので、縦目地幅1本分(0.03尺)を減じて「40.14」となっている。同様に梁間はモデュール寸法54単位(21.06)から縦目地幅1本分(0.03尺)減じて「21.03」である。寸法決定経緯が複雑になる原因は、煉瓦寸法を決定した煉瓦生産の現場と、建築設計・施工側のあいだの密接なコミュニケーションが不足していたものと筆者は推測している。さて、「毛」の位の意味である。まず、書き入れられた壁厚寸法より、上記の煉瓦造倉庫と同様に煉瓦は東京形(7寸5分×3寸6分×2寸)、目地幅は3分(約9mm)であることを説明する。図1の平面図には、室の内法寸法および煉瓦壁厚寸法が記入されている。壁厚寸法に着目すると、図1の下の構面が「2.7」、その他、内壁も含め、2.31、1.92、1.53といった値の書入れが見える。煉瓦壁の厚さは一般的に、煉瓦の長手が何枚、といった呼び方をし、設計図の壁に、「1・1/2B」などと書き込む。しかし図1の平面図には、寸法の値が書き込まれている。この寸法は、煉瓦単材の寸法のみで決定されるものではなく、縦目地幅の寸法との組み合わせである。ここで、煉瓦単材の長手寸法をL、縦目地幅の寸法をjvとすると、壁厚寸法=n(L+jv)-jvとなる。nは長手煉瓦の枚数である。ここで煉瓦は東京形(7寸5分×3寸6分×2寸)、目地幅は3分(約9mm)とすると、壁厚寸法=n(7.5+0.3)-0.3=7.8n-0.3となる。これをもとに、例えば長手3枚半積み壁(n=3.5)とすると、壁厚2尺7寸(818mm)、同様に3枚積み壁は2尺3寸1分(700mm)、2枚半積み壁は1尺9寸2分(582mm)、2枚積み壁は1尺5寸3分(464mm)となり、詳細平面図に書入れされた壁厚寸法の値と一致する。このことにより、酒類醸造工場の寸法計画は、少なくとも、壁厚に関しては、東京形煉瓦の長手幅、小口幅と縦目地の幅3分(9mm)の組合せで計画されていたことが判明する。図1に示した、3軸と4軸間の15尺6寸6分(4,745mm)については、右端の構面の一階壁厚寸法2尺7寸(818mm)、前廊下幅寸法12尺(3,636mm)、ならびに貯蔵室と前廊下を隔てる内壁厚の中心線として得られる寸法9寸6分(=1尺9寸2分/2:291mm)の値の和と一致する。したがって、当該内壁の厚は煉瓦2枚半で計画されていたことも分かる。また、この壁を受ける、下の構面に設置された柱形の幅も2.5枚厚であったと推定する。下の構面両端の柱形は、3枚厚で計画されたと推定し、図5に示す、左端の柱形の中心線である1’軸と、左構面の外面である1軸のずれをみると、煉瓦小口幅2枚分と、縦目地幅の1.5倍分の和である。計画時の目地割のディテールにおいて、煉瓦小口幅の寸法を3寸6分、縦目地幅の寸法を3分と設定していたと仮定すると、この値は、同図に示すように、13