ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

ページ
14/130

このページは 未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復 の電子ブックに掲載されている14ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

煉瓦積み構工法の技法と価値長谷川直司国土交通省国土技術政策総合研究所住宅研究部長1.はじめに煉瓦積みの魅力は、焼き物である煉瓦個々の色や風合いの適度なばらつきの面白みや目地割りのパターンの快さ、また目地形状が平目地、山形目地、覆輪(ふくりん)といった多様性によるものと思われる。また、煉瓦造建造物自体が日本の近代化の時代を偲ばせ、歴史の深みを感じさせる。それは地域にとって重要な素材であり、街づくりのシンボルともなりうるものである。また、技術的な観点からすると、一見して機械的に煉瓦を積んでいるような煉瓦壁体には本当は、設計者、施工者、工事監理者、施工管理者、煉瓦職人など建築土木生産関係者の創意と工夫が込められている。どういうことかというと、壁面を構成しているひとつひとつの煉瓦がその原位置にある、ということに意味があり、価値あることであると筆者は考えている。それは、「再現することが容易でないもの」1に該当すると考える。本稿の結論を先に述べる。煉瓦造建造物を修理・修復する際には、・煉瓦の積み直しは極力避けること・補足(新調)煉瓦の採用は慎重にすることである。本稿では、大蔵省営繕2が関与した煉瓦造建造物を題材として報告する。2.図面書入れ寸法の妙筆者はかつて、旧醸造試験所酒類醸造工場という明治期の煉瓦造建築を調査させていただいた。東京都北区滝野川に現存し、2014年12月、国の重要文化財に指定された。設計はのちに官庁営繕の総帥となる大蔵省の妻木頼黄(つまきよりなか)営繕課長である。当該建物の所有者である独立行政法人酒類総合研究所(旧醸造試験所)には「官有財産書類」の綴りが保管されており、そのなかに建築図面類が含まれていた。図1の平面図でまず気が付くことは、書入れ寸法が妙に細かいことである。図の下の構面の寸法は「56.82」とある。これは56尺8寸2分であり、「分」は約3mmである。さらに当該構面の左スパンには「20.9625」とあり、これは20尺9寸6分2厘5毛のことであるが、「5毛」は約0.15mmであるので、建築図面としては異常な値であるといってよい。こういった図面書入れ寸法を見ると、まず疑ってかかるのは、メートルやフィートといった外国由来の寸法系の尺寸換算ではないか、ということであるが、筆者の研究3によるとそうではなく、煉瓦寸法と目地幅寸法の組合せに起因するものであった。「毛」の位の意味については更にもう一段の事情があり、それについては後述する。ちなみに、現地における実測調査では、書き入れられた寸法は現実に施工されて実現していた。まず最初に、説明を単純化するため、同じ敷地内に建っ1 2 34図1旧醸造試験所酒類醸造工場(平面図部分)図2旧醸造試験所煉瓦造倉庫(平面図)12第2章煉瓦積み構工法の技法と価値