ブックタイトル未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技17 煉瓦造建造物の保存と修復

2.現状の課題と整理研究を進めるにあたり、近代文化遺産研究室では、外部有識者を交えて「煉瓦造建造物の保存と活用に関する勉強会」を開催し、現状の課題や研究の方向性について意見交換を行った。そして、1で紹介した従来の研究成果や修理の実情を踏まえ、大きく課題を4つに整理し、それぞれに対応した研究テーマを設定した(表4)。この一連の作業を行うにあたっては、本研究の成果が、単に煉瓦研究の進展に資するだけでなく、あくまで保存修理の実務の改善に結びつくよう、修理の実務に詳しい有識者から意見を聴取した(表5)。また、修理理念等の抽象的な議題を扱う際も、あくまで具体的な技術の問題として検討を深めるよう意識した。ここで1つ目のテーマ「煉瓦の積み直し、差し替え」について補足しておく。現状の煉瓦造建造物の修理では、劣化が著しい煉瓦に対し、必要最小限の差し替え又は積み直しを行うのが一般的であり、その差し替え又は積み直しの範囲は、修理を担当する技術者の判断に委ねられている。これは、腐食等により劣化した部位を解体または削除して、健全な部材に置き換えるという木造建築の修理に通じる手法である。しかし、木造建築に比べ、煉瓦造建造物の修理事例の数が限られていることもあり、個別の判断にはバラツキが大きい。さらに、そもそもこの修理手法を木造建築と同じ感覚で煉瓦造建造物に適用することの是非について、すでに十分な検討がなされているとは言いがたい状況にある。部分的な差し替え、積み直しによって、煉瓦造建造物のどのような価値が保持され、何が失われるのか。本研究では、「煉瓦」又は「目地」の材料としての価値だけでなく、煉瓦と目地を一体的に捉えた「煉瓦積」の価値を見極める必要性が、修理技術者の間で共有されていないのではないか、という趣旨の長谷川直司氏からの指摘を受け、煉瓦の積み直し、差し替えを一つのテーマとして扱うに至ったという次第である。3.本報告書の構成以上の経緯から、近代文化遺産研究室では、煉瓦造建造物の保存と修理に関わる国内外の事例調査を行い(調査地については第6章に示した通り)、表4に示した課題を念頭において情報の整理及び分析を行った。本報告書はその成果をまとめたもので、有識者による論考3編(第2、3、4章)に加えて、東京文化財研究所で開催した研究会の記録(第5章)、煉瓦造建造物の保存・修理に係る事例集(第6章)、その他資料(巻末資料)から構成されている。まず有識者による論考については、「煉瓦の積み直し、差し替え」の問題を、根本的な文化財価値の問題としてテーマ課題煉瓦の積み直し、差し替えオーセンティシティーの観点から、煉瓦の積み直し・差し替えは極力行わないのが望ましいが、現場によって対応にバラツキがある。欧米では伝統的な目地(石灰の使用など)を使う意識が高い地域があるが、日本ではセメン目地の仕様ト使用が基本で、全般的にその意識が薄い。耐震性を考慮した目地のオーセンティシティーの問題については、研究の余地がある。近年、耐震技術が多様化しているが、それぞれに一長一短がある。躯体への影響が少ない工耐震の手法法を選択しても可逆性等の問題が生じることもある。補強部材のデザインにも改良の余地がある。防水・防湿対策塩類風化、凍結劣化等による煉瓦の破損を食い止めるため、煉瓦から水分を遠ざける必要があるが、有効な対策が少ない。表4煉瓦造建造物の保存と修復に係る現状の課題氏名所属井川博文文化庁文化財部遠藤優公益財団法人文化財建造物保存技術協会小野田滋公益財団法人鉄道総合技術研究所西川英佑文化庁文化財部西岡聡文化庁文化財部長谷川直司国立研究開発法人建築研究所花里利一三重大学工学部表5煉瓦造建造物の保存と活用に関する勉強会の外部有識者(敬称略、50音順、所属は参加当時のもの)8第1章研究の経緯とねらい