ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

やオランダ国立紙文化財保存プログラム(TheDutch National Programme for Preservation ofPaper Heritage)による『メタモルフォーゼ(変身)(Metamorfoze)』は特筆すべきものである。後者には「インクの腐食予測」と呼ばれているインターネット上のツールが含まれている。コンピューター・シミュレーションを使って、没食子インクの腐食の危険性を予測することができ、コレクション管理者らが危険性の高い作品を見分け、保存修復の優先度を概説し、軽減方法を決定する手助けを行うものである4)。カナダ国内の地方公文書に対する非公開調査によると、20世紀初頭までの殆ど全てのカナダ国内の資料は没食子インクで制作されていたことが判明した。活版印刷複写本など特別なコレクションの材料には、インクの腐食による酷い分解と欠損が見られた。また、没食子インクの著しい退色も認められた。LACとカナダ保存研究所(Canadian Conservation Institute、以下CCI)は、これまで様々な処置に関する研究や、コレクション管理者が脆弱な箇所を識別するための危険評価方法の開発、保存修復家らを対象とした新たな試験・処置方法に関するワークショップの開催や、情報をさらに広く普及するための論文の出版を共同して実施してきた。没食子インクの腐食に対するフィチン酸カルシウム(=イノシトール六リン酸)処置方法については、1990年代にジョアン・ニーヴィル(Neevel, J.)によって提案されたのが最初であり、それが標準的な処置となった5)(図18)。フィチン酸は、二価鉄イオンが結合し、三価鉄フィチン酸塩に変換することで、遊離基の二価鉄触媒形成を予防する。その処置は複雑で、作品をいくつかの水溶液に浸漬する必要があるため、処置には危険が伴う。特に劣化が進んだ没食子インク作品は更なる物理的損傷を負う恐れがある。没食子インクで制作された美術作品の処置結果として、紙質とインク状態が受け入れ難いほど劇的な変化をもたらすことがあるため、見栄えを考慮することが重要となる。このような場合、部分的処置などの予防的方法、物理的安定化、適切な収蔵や環境を推奨する。CCIとLACは、2012年に「没食子インクの湿式処置効果の比較研究」を行い、本分野の研究の進展に貢献している。研究によると、インクが水やエタノールに溶解しない場合、水洗した後にフィチン酸処置と重炭酸カルシウムで脱酸することによって最善の結果を得ることができ、さらに、僅かながら水に溶解するがエタノールには溶解しないインクに対しては、エタノール溶液を用いることによって処置を成功させることができると述べている6)。CCIとLACの保存修復家は、没食子インク作品の処置方法について考える保存修復家を助けるためのフローチャートを考案した(図19)。このフローチャートは現在、LACにおいて没食子インクの処置方法の一部として組み込まれ、図18フィチン酸カルシウムを用いた処置56