ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

薄く織った紙の支持体に描かれている『マニトリン島南西端の地図』は退色が著しく、左右の両端に沿って大きな欠損部がある(図15a、b)。使用された溶剤は処置に先だって試験を行い、水とエタノールに対する安定性を確認した。保存修復家は、支持体の色と重さに合った紙パルプを使用して欠損部を充填することにした。この方法は迅速かつ正確であり、作品が濡れても支障がない程度の耐久性を供することができる。まず始めに、退色やシミを減らすために、地図をアルカリ溶液の水槽に浸漬した。そして、パルプ充填用に酷似した色調の紙パルプを用意した。地図をライトテーブルの上に置き、水に溶かしたセルロース繊維の懸濁液を、シリンジやピペットやスプーンを使用して欠損部に注入した後、野菜洗浄用として流通しているプラスチック・ブラシを用いて繊維を拡散させた。繊維を平らにならした後、充填箇所をスパンボンド・ポリエステル2)で覆い、吸い取り紙を置いて、余分な水分を吸収させた。さらに、処置箇所を両面から吸い取り紙ではさみ、重しを乗せて乾燥させた。この過程は、全て、サクション・テーブルの上で行われた(図16a、b)。4.没食子インク没食子インクは、多くの古文書や美術品に広く使用され、一般的に20世紀前半以前の絵画、写本、楽譜、手紙、地図、公文書などに見受けられる。着色力の強さ、用意の簡便性、安価な原料といった理由で、人気のある書写材料であった。着色材はタンニン(多くは胆汁から抽出された)、硫酸塩(硫酸鉄)、ゴム、水を原料とする金属と有機物の合成物である。二価鉄イオンが空気に触れると、タンニンまたは没食子酸と反応して、すぐさま色の付いた化合物を生成する。残存する没食子インクの作製方法は実に様々で、標準的な作り方というのは存在しない。したがって、没食子インクの劣化例が著しく異なった特徴や見え方をするのは当然のことと言える。紙に起こる没食子インクの腐食作用は、セルロースの酸性触媒が加水分解することに起因し、インクの副産物として生成された硫酸の酸性が原因である。また、いくつかのインクに存在すa詳細、保存修復前b詳細、保存修復後図15『マニトリン島南西端の地図』、1815年制作、48.2 x 55.5 cm、H.R.パイン艦長作、LAC所蔵(MIKAN 4512450)54