ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

3.アラビアゴム:主成分は多糖類であり、アカシアゴムノキまたはアフリカ原産のアカシア属の植物から浸出採取したものである。水に溶解し淡黄色で琥珀のような風合いをしている8)。アラビアゴムは、没食子インクを製造する際に主要なバインダーとなっている。インクの粘度を調整して定着させ、色の発色や深みを調整するのに使用された4)。さらに、インクを大気中の酸素から保護する役割も果たした3)。4.添加物:多くの没食子インクのレシピには、添加物の記載があり、インクの特性を変える目的で使用された。?酸:ガロタンニン酸の加水分解を加速する一方でインクの酸化を遅らせる。酢酸(ヴィネガー)や塩酸が度々記述に上がっている3)。?染料:一時的な色素として使用された。作り立てのインクの色がまだ薄く、書きづらい時に使われた。インディゴが通常使われた1)。?防カビ剤:インクにカビが発生するのを抑制するために酸、アルコール、クローブ、アラム(明礬)などが加えられた。?アルコール:気温の低い地域では、ブランデーなどのアルコール類をインクに加えて凍結防止の目的で使用された4)。インクの耐久性インクの製造工程を見ると、西洋文化に没食子インクで書かれた資料遺産が多く残っている理由が理解できる。硫酸鉄が没食子酸と反応すると、水溶性のタンニン酸鉄(II)塩複合体が形成され、そのインクが次第に酸化すると非水溶性のタンニン酸鉄(III)となる。つまり、作り立てのインクは水溶性で支持体によく浸透するが、インクの酸化が進むと次第に非水溶性となり、耐久性のあるインクとなる。カーボンインクとは異なり、容易に削り取ったり、洗い流したりできなくなる。インクを水溶性の鉄(II)イオン(調製直後)で使用した場合、溶液の状態で紙の繊維間に浸透し、そこに永久的に定着する。もし、非水溶性の鉄(III)イオンの状態(調製数週間後)で使用した場合、顔料サスペンションと同様の働きをする2)。しかしその場合でもインクは不溶となり、永久的に定着する。インク焼け没食子インクが支持体の紙にもたらす劣化には、内的要因と外的要因がある。内的要因にはインクの成分と配合率、紙の特性(繊維の種類、サイジングや充填材の有無、紙の厚みや塗料の有無)、使用時のインクの酸化状態(二価鉄または三価鉄)、インクの量、筆記用具の種類などがあげられる2), 9)。外的要因としては、相対湿度、気温、そして資料を取り扱う頻度がもっとも影響を及ぼすとされる9)。これまでの研究で、没食子インクとその劣化経過や過去に使用されたさまざまなレシピの内容を調査していくと、インクの黒色を出すために硫酸鉄(II)が必要量を超えた割合で没食子酸に加えられていたことが判明している1)。以下で説明するように、それは没食子インクの劣化メカニズムに決定的な要因となる。いくつかのレシピでは期待した色にならない場合、硫酸鉄(II)の増量を推奨している。“もし黒色が弱ければ、ビトリオルを加えるとよい。”“さらにインクが薄ければ、少量の硫酸鉄(II)(copperas)を加えればよい。”2)インク焼けと呼ばれる症状は、没食子インクで書かれた資料によく見られる劣化で、過剰な鉄イオンに起因する。インク中の硫酸による加水分解と遊離した鉄(II)イオン触媒によるセルロースの酸化が相互に作用して引き起こされる3), 1 0)。この作用は循環性で、安定した鉄(III)イオンは酸性環境のもと、絶えず不安定な鉄(II)イオンに還元され、セルロースの酸化作用が繰り返される。没食子インクで書かれた資料の保存と修復41