ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

その後、硫酸鉄が通常のカーボンインクに加えられるようになった。水溶性のこの塩は、支持体(羊皮紙や紙)に良く浸透し、容易に消し取れなくなるため、耐久性のあるインクとされた3), 4)。さらに植物由来のタンニンが加えられた。やがて、耐久性のある黒色を出すにはカーボンが必要でないことがわかり、徐々に使用されなくなった。11世紀には、没食子インクの耐久性が評価され、とりわけ法的文書などに多用された3),5)。この頃、紙がヨーロッパに伝来したことも重なって、インクの需要が高まった。この新しい媒体の登場が没食子インクへの変遷を加速させたと言える。14世紀には、没食子インクはもはや西洋諸国においてもっともよく使用される黒色インクとなった2)。19世紀に入り、産業化の波に乗って没食子インクも工業生産されると、その代償として質と耐久性が損なわれた。20世紀には、徐々に合成染料インクが没食子インクに取って代わるが、20世紀前半まではなおも使い続けられ、この頃の資料に頻繁に見受けられる。メキシコでは、16世紀以前からタンニンと鉄塩の反応は知られており、テキスタイルの染料として使われていたが6)、没食子インクは1521年のスペインによる征服の際に持ち込まれたと写真3メキシコのブナ科植物の虫こぶ言われている。次第に土地原産の原料も加えられるようになり、18 ? 19世紀のヨーロッパのレシピには、ロッグウッドから浸出した染料の記述がある7)。没食子インクの主成分没食子インクの主成分は、ビトリオル(硫酸鉄(I I))、タンニン(没食子酸)、アラビアゴムであり、通常はそれに水を加えた混合液である。時には水より不純物が少ないという理由で、ビールやワインが代用された。他にも各種の添加物があらゆる目的で加えられた。1.ビトリオル(硫酸塩):乾燥すると結晶化する塩は総称して’vitriol’と呼ばれていた。硫酸鉄(II)は水溶性の鉄塩で薄緑色をおびていることから、green vitriolともいう。塩は入手地域によってさまざまな不純物が混在しているため、硫酸鉄(II)に銅、マンガン、亜鉛、アルミニウムなどの金属がしばしば混入した5)。2.タンニン:多くの植物に含まれる渋み成分のポリフェノール化合物である。鉄イオンと錯体を形成すると黒、濃茶色や緑色となる特徴がある3)。没食子インクに使用されるタンニンは、主にブナ科植物に寄生するインクタマバチの防御反応として発達した虫こぶ(没食子)から採取された1)。タンニンの主原料は没食子酸であるが、ブナ科以外の植物からも採取された。クリ属の樹木、ウルシ科ヌルデの葉、オーク、ポプラ、ヤナギやモミの樹皮なども利用された。さらには、タンニンの鞣し革を水に浸けて‘リサイクル’もされた1)。没食子から得たタンニンは、ガロタンニン酸と称し、グルコースに5つの没食子酸または二没食子酸が結合したものである3)。黒色の錯体は没食子酸と鉄塩の反応によって生成されるため、ガロタンニンを没食子酸とグルコースに加水分解することでより多く求めることができた。40