ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

没食子インクで書かれた資料の保存と修復アレハンドラ・オドア・チャヴェスメキシコ国立公文書館、修復部門主任没食子インク(iron gall ink)は一千年にわたり、西洋諸国において手書きの資料などにもっとも多く使用された黒色インクである。20世紀以前の西洋コレクションには、没食子インクで書かれた羊皮紙や紙資料やドローイング類が実に数多く存在する。没食子インクとは、没食子酸(gallic acid)と鉄塩の水溶液で、一般的に濃い黒色の有機鉄錯体を生成する。そこに天然ゴムを加えたものが没食子インクである。没食子インクによる紙の劣化は‘インク焼け’(ink corrosion)と呼ばれ、インクの主成分である鉄イオンと硫酸の触媒作用によって引き起こされる。メキシコのアーカイブや図書館は西洋と同じように、没食子インクで書かれた数キロメートルに及ぶ膨大な資料を所蔵している。また、メキシコは地域ごとに環境条件が異なり、気候変動も複雑なので、資料に直接的な劣化要因となって影響を及ぼす。没食子インクの歴史と技術の進化じることは知られていた。紀元前4世紀のインドでは、この混合液が髪染めに使用されていた。1世紀には、プリニウスがパピルスに染み込ませたタンニンに金属塩を反応させ、黒色に変色する実験を行っている。その他、靴製造時の革染めとしてshoemaker’s inkが古代ローマで使用されていた1)。没食子インクの出現以前は西洋でも、東洋と同様にカーボンインク(carbon ink)が黒色インクとして一般的に使用されていた。カーボンインクは炭素粒子に水とゴムのバインダーを加えた懸濁液である1)。数世紀後に広く使用されることになる没食子インクだが、すでに3世紀、ギリシャのライデン・パピルスにそのレシピに“没薬を1ドラクマ、硫酸鉄を4ドラクマ、ビトリオルを4ドラクマ、没食子を2ドラクマ、ゴムを3ドラクマ”2)との記述がある。(*注ドラクマは古代ギリシャの通貨単位。重さの単位としても使用された。1ドラクマは約4.3g)古来、タンニンと鉄塩の反応により黒色が生写真1没食子インクで書かれた文字(メキシコ国立公文書館)写真2没食子インクで書かれた文字(メキシコ国立公文書館)没食子インクで書かれた資料の保存と修復39