ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

装?修理技術を応用した日本の近現代紙資料の修理小笠原温主任技師(口頭発表者)池田和彦代表取締役株式会社修護1.はじめに日本において近現代の紙資料の酸性紙劣化の進行について社会問題化した時期は欧米より数十年遅れた1980年代であったが、それでも既に約30年を経過している。この間、それら紙資料を多数所蔵する図書館や文書館などを中心に、酸性化に伴う劣化を生じた紙に対する保存対策は種々検討され、修理や脱酸性化処置などについて一定の対応策が定着してきたようにみえる。しかし、問題化してからの年数経過にもかかわらずその対応策の内容に注目すると、修理手法においても脱酸性化処置手法の選択においても、対象となる史料価値、品質、劣化・損傷の進行程度に応じたものとは限らず、画一的な方針と仕様に陥っている側面がないだろうか。修理においては、史料数、すなわち処置箇所の膨大さゆえに必要十分な処置内容について突き詰めた模索がなされていないように感じられる。特に脱酸性化処置については、「洋紙=酸性紙」、「酸性紙=要脱酸性化処置」という単純化された認識のもとに、一律的に処置を施すことを是とする傾向が一部には存在するようにもみえる。たしかに、酸性化した紙の劣化は著しく、保存対策の遅れによっては取り返しのつかない状態まで進行する危険性を孕んでいることは自明である。しかしながら、いっぽうで脱酸性化処置自体が過剰な処置である場合や、脱酸性化処置によりあらたな弊害を生じさせる可能性も意識する必要があると考える。このように、近現代の紙資料に対する保存対策、なかでも資料に直接作用する修理や脱酸性化処置の内容については、対象とする紙資料の史料価値、品質、損傷状況などに応じ、柔軟性および多様性をもつべきと考える。そこで本稿では、修理対象の紙資料が有する「史料価値の保存」という視点から実施した、装?技術1)を応用した施工例を近代の紙資料に対する修理の一例として報告を行いたい。2.近代の紙資料の文化財指定と資料の特徴平成8(1996)年の文化財保護法改正は、近代の文化財2)の保護をひとつの目的とし、翌年の公文録(図表共)並索引4,146冊、1,301点の重要文化財指定をかわきりに、多量の近代の紙資料が重要文化財に指定されてきた3)。国のこのような動きに同調し、地方公共団体の指定例も増加している。指定された文化財の制作年代は明治初年から昭和20年代前半(1868 ?1940年代後半)までであり、1件1万点を超える膨大な数量を数えるとともに、複数の料紙や筆記媒体など品質・形状に多様性を有する行政文書群、教科書・掛図など多量な印刷物から構成される近代教科書関係資料76,420点などが含まれる。これら近代の紙資料は、近世の文化財以上に多量性と多様性に富み、何よりも材料の組成が明確化せず、長期保存性が高いといえない工業製品が随所に使用されている点が特徴といえる。近代の紙資料の修理を実施するにあたり、次のとおり品質・形状について着目したい。まず、料紙については、その多くは日本国内にお28