ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

脱酸性化処理後のインクの退色は軽微であるため、処理対象に加えるという選択肢もある。しかしながら、蒟蒻版の場合には、既に印字が希薄な状態を見かけることも多く、脱酸性化処理以外の保存方法、つまり不安定な記録材料を保存する方法についての検討が優先する材質といえる。10.脱酸性化処理を前提とした状態調査ブックキーパーによる大量脱酸性化処理を計画する際には、上述の補修および材質に関する事前の点検作業が不可欠である。脱酸性化処理を必要としない中性紙を判別することはもとより、上述の簡易補修を要する資料の状態の確認や、より高度な修復を要する劣化の把握といった作業が重要となる。特に、どの程度まで補修すればブックキーパーに耐えうる状態となるかを推定しながらの作業となるため、点検技術の習熟が求められる。また、公文書(行政資料)などでは、1冊の簿冊に綴じられる紙質や記録材料が多岐にわたる場合が少なくない。したがって、各種の材質に関する知見、情報をもって点検作業を実施する必要性は高い。脱酸性化処理を実施する場合は、悉皆的に資料の状態を確認し、脱酸性化処理が有効か、あるいは不要かを判断することが求められるが、これは容易な作業と言えない。しかしながら、この作業はコレクションの状態および特性を把握するうえで有効な情報となり、今後の資料保存計画の実施にも貢献し得る情報と考えられる。11.ブックキーパー大量脱酸性化処理の事例以下は当社がこれまでに脱酸性化処理、ならびに簡易補修処置などを受注した事例である。11-1 大谷大学図書館大谷大学図書館は、仏教に関する図書および資料が大変に充実している。なかでも、中央アジアから極東にかけての古典籍や仏教典籍は極めて貴重なコレクションであり、国内では同図書館にしか所蔵されていない資料も多い。このようなコレクションに対し、2008年から当社において大量脱酸性化処理を実施しており、これまでにおよそ1万冊の脱酸性化処理を実施した。大谷大学図書館コレクションの劣化、損傷の特徴としては、酸性化によって脆化した紙質が多数含まれるものの、極端に劣化した図書、資料はあまり見られない。一方で、長年の利用による図書の劣化が散見され、つまり、このコレクションは頻繁に利用されてきた資料でありながらも、大切に保管されてきたことが推定される。当社では脱酸性化処理だけではなく、これまでにおよそ1,000冊の図書に対する簡易補修処置も併せて提供してきた(写真5)。大谷大学図書館の場合、図書が学生によって頻繁に利用される試験期間以外の時期に脱酸性化処理を行うなど、利用の状況を鑑みた脱酸性化処理計画が策定されている。11-2 秩父市立秩父図書館秩父図書館は、公共図書館としての役割を果たすとともに、市町村合併以前の公文書を多数保管しており、これらの公文書は、いまなお様々な目的で活用されている。このような公文書は、いわゆる簿冊と呼ばれる2穴や4穴の紐綴じによる手製のファイルである場合が多く、そこに含まれる記録材料や紙質は多岐にわたる。また、このような日本の古い公文書には蒟蒻版が含まれることも多く、秩父図書館の場合は蒟蒻版を脱酸性化処理前に除外している。資料によっては、脱酸性化処理を必要としない中性の和紙が含まれていたり、青写真やジアゾタイプなどが含まれる場合が多く、このような紙質は脱酸性化処理の対象外としている。簿冊形式の紙資料を脱酸性化処理する際は、処理前に綴じを外し図書館および文書館における酸性紙の大量脱酸性化処理23