ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

20世紀には酸性の印刷用紙が大量に普及することになる。この結果、紙を構成するセルロースが酸性化に伴って徐々に劣化し、大量の書籍や文書などの紙資料が経年して脆化するという深刻な問題が生じた。紙は多くの繊維が結合した状態で、適度なしなやかさと丈夫さを備えている。紙の繊維を構成するセルロースは、2,000以上のグルコースが結合した高分子である6)。しかし、抄紙工程にて、にじみ止めのロジンをセルロースに定着させるため混ぜられた硫酸アルミニウムから硫酸イオンが遊離し、その硫酸イオンが水を解離して水素イオンを発生させる。そして、水素イオンはセルロース間の結合を加水分解する(図1)。このようにして酸性紙の内部ではセルロースが少しずつ分解され、結果として紙の脆化が引き起こされると考えられている7)。また、経年した紙ではギ酸、酢酸、乳酸、琥珀酸、グリコール酸、シュウ酸などのカルボキシル基に起因する有機酸が生じており、これらがセルロースの分解を促進させるといわれている8)。4.和紙と酸性紙7世紀初頭、製紙技術が朝鮮半島から伝来したことによって日本における和紙の歴史は始まり、麻や楮(こうぞ)、雁皮(がんぴ)といった材質による製紙技術が広がった9)。これに対して、ヨーロッパにおいて発展した製紙法による洋紙が国内で生産されるようになったのは明治時代初頭で、亜硫酸パルプや砕木パルプの製造が本格化するのは明治22(1889)年以降とされる。また、手漉き和紙の生産が最も高かったのは明治30(1897)年頃で、機械漉き和紙の生産も同じ頃に本格化する5)。しかし、明治期の和紙には木材パルプが混入されることもあり、このような不純物によって和紙の品質は低下したといわれている9)。酸性紙の場合は、既述のように紙の構成要素であるセルロースが加水分解し、繊維の脆化を引き起こす。その結果、紙の柔軟性が失われ、劣化の著しい場合は紙質が粉砕する症状にまで達する。しかし、和紙の場合は原材料も製法も酸性紙とは異なり、年月を経過しても酸性紙のような劣化が生じることはない。そこで試みとして酸性紙の小片に水を与えて針でほぐし、繊維の状態を観察してみる。すると酸性紙の繊維は短い棒状を呈しているのに対して、和紙の繊維は柔軟性に富んだ長繊維である様子が明らかである(写真1 ? 4)。このように、酸性化による紙力の低下は酸性紙、つまり洋紙においてより重篤化し、和紙においては軽微であることが予想される。なお、和紙でもにじみ止め用のミョウバンが塗布されている紙のpHおよび強度は低下することが知られている10)。つまり、和紙の場合には酸性紙に比べて繊維が長く、柔軟性に富んでいることが、紙質が容易に脆化しない要因と思われる。しかしながら、木材パルプを含む和紙や、印刷用のにじみ止めが施された明図1 水素イオンによるセルロースの加水分解18