ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

のなかから生まれた手法が、フィレンツェでの経験を基礎とする体系的、計画的な資料劣化損傷問題への対処方法で、その1つが段階的保存(phase conservation)アプローチである6)。処置を要する大量の劣化損傷資料に直面して、ウォーターズらは従来とは異なる発想と取組みが必要と考えた。そこで処置を要する資料の増大を防ぎ、優先順位を定めて適切な保存処置を講ずる計画の考案に迫られた。そこで生まれたのが、資料のこれ以上の劣化損傷を予防する方法の大拡張である。具体的には、第一段階として、保存箱、保存封筒、ポリエステルフィルムカプセル法の適用など、資料を保存容器に収納する。そして第二段階で、資料の価値、利用、状態を勘案して優先順位を設定し、かつ保存対応能力に合わせて必要な処置を計画的に実施するやり方である。これも予防的保存策の適用と言える。先に『IFLA資料保存の原則(IFLA Principlesof Conservation and Restoration)』に触れたが、ここで示された「conservation」は予防の意味である。従来、資料保存を劣化損傷した資料に対する処置と捉えられがちだったのに対し、「原則」は図書館においては「治癒的手段」と「予防的手段」が重要であると示した。これは段階的保存とベクトルを同じにする考え方である。IFLAでは「1979年版原則」の制定後、1986年に「原則」改訂を行い、さらに1998年に3訂版を刊行している7),8)。そこでは改訂を重ねるたびに「予防」の位置付けを拡大している。1986年改訂版では初版の「restoration(修復)」がタイトルから消え、司書・アーキビストのなすべき保存策に重点が置かれている。3訂版のタイトルは『IFLA Principles for the Care andHandling of Library Materials』で改訂版よりさらに司書の実務としての保存業務に注力している。同書の邦訳が『IFLA図書館資料の予防的保存対策の原則』であることからも、「予防策」重視が理解されよう。資料保存において予防は最も重要な手段である。その内容が環境整備であれ、虫・カビ対策としてのIPMであれ、あるいは利用者に対する資料取扱い上の注意であれ、一般的には、経済的、実践が容易、かつ効果的、な手段である。この理解が広く認められ、実践されるようになってきた。この「予防策」の重視は、次に述べる「コレクションの保存」の取組みに繋がる。3.3コレクションの保存フィレンツェ水害で大量の重要な文化財、貴重な歴史遺産が被災した。それらに対応する取組みの1つが、大量保存(mass conservation)である。処置を必要とする大量の資料群に対して、どのように体系的、効果的に対処するか。そのために必要な技術として開発されてきたのが漉き填め、真空凍結乾燥等である。劣化抑制のための保存容器収納もそれに連なる。既に述べたように、現代の資料保存に革新をもたらしたもう1つの契機は酸性紙問題である。1980年代以降、それは世界中の図書館・アーカイブズに重大な対応を迫る課題となったが、そこでのキーワードの1つは「大量」あるいは「大規模」であった。そこから、従来のような個々の劣化損傷した資料に処置をする対応としての資料保存から、そのような個々の処置とともに、現在は処置を要しない資料も含めた、所蔵資料全体―即ちコレクション全体―にフォーカスを当てる資料保存の考え方が開発されてきた。「予防策」は既にその前提に立つ取組みであるが、「コレクションの保存」はそれをさらに先に進めて、コレクション全体の「健康診断」などを行いながら、必要な保存策(治療策と予防策)を計画し実施していくアプローチとして確立してきた。近現代紙資料の保存―図書館・アーカイブズの視点13