ブックタイトル未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

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概要

未来につなぐ人類の技15 洋紙の保存と修復

の「敵」との闘いである。水害・火災にしろ、虫かびの害にしろ、それらは紙資料の外的な劣化損傷要因である。どれほど規模が大きくても、その被害の範囲は個別機関的もしくは地域的である。他方、酸性紙問題は紙の自壊―紙中の酸という内的要因―による資料の劣化問題である。それは、19世紀後半以降に世界中に普及した木材パルプを素材としアラム・硫酸バンドをサイズ剤として使用する製紙法による紙資料すべてが被害を受ける課題である。酸性紙問題への対処はアメリカの紙資料保存家ウィリアム・バロー(Barrow, W. J.)の貴重な調査報告書『蔵書の劣化―原因と対処(Deteriorationof Book Stock:Causes and Remedies)』(1959年)が実質的な起点だが、図書館界の動向からすれば、1980年代以降に、同課題への実践的対応策が進捗した。パーマネントペーパー米国規格の制定(1984年)、IFLA保存コアプログラムの設置(1986年)、「IFLA資料保存の原則」の改訂(1986年)、映画『スローファイヤー:緩慢なる火災(Slow Fires:On the Preservation of HumanRecord)』の制作(1987年)等が活動の稜線を形成している3),4)。これらに並行して、新しい資料保存の理解と取組みが世界的に発展してきた。それを次に説明する。3.資料保存の考え方1966年のフィレンツェ水害、そして1980年代以降の酸性紙問題への対処から、図書館・アーカイブズにおける資料保存の考え方と枠組みが発展し、確立してきた。ここでは、それを以下の5点に整理して述べる。3.1原資料性の尊重1966年のフィレンツェ水害を契機として、IFLAは1973年に資料保存ワーキンググループ(WG)(その後、資料保存分科会に昇格)を設置した。資料保存を各図書館での個々の業務遂行だけでなく、世界的な課題として取り組むことを認識したからである。資料保存WGの初期の重要な成果が1979年発表の「IFLA資料保存の原則(IFLA Principles of Conservationand Restoration)」である。この「原則」の基本思想は資料保存における「原資料性(Originality)の尊重」である。そこで、「修復の原則」としては逆説的にも聞こえるが、修復作業はしばしば書物などの原資料性を損なう行為であり、そのため「できるだけ修復しない」を基本指針として打ち立てる。次いで、「修復が不可避である場合には」と断ったうえで、「適合した技術の適用、安全かつ安定した材料の使用、可逆的技法の採用、処置記録の作成」を修復の原則として提示する5)。ここに示された「修復の原則」は、日本の図書館・アーカイブズ界でも、1980年代以降、「保存修復―コンサベーション―(conservation)の原則」として共有され、実践されてきている。3.2予防の重視フィレンツェ水害で被災した史資料救済には世界中の資料保存専門家とボランティアが参加したが、そのなかで重要なイタリア中央図書館(National Central Library of Italy-Florence)蔵書復旧支援では、イギリス人専門家達がリーダーシップを発揮した。その中心はピーター・ウォーターズ(Waters, P.)だが、彼はその実績を評価され、1970年、アメリカ議会図書館(Libraryof Congress)に新設の修復課長に就任した。世界最大の図書館である議会図書館は、当時世界最大級の資料保存課題を抱えていた。ウォーターズはそこでフィレンツェでも一緒だった僚友、ドナルド・エザリントン(Etherington, D.)とクリストファー・クラークソン(Clarkson, C.)の参画を請い、一緒に大課題に取り組んだ。そ12