ブックタイトル近代テキスタイルの保存と修復

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概要

近代テキスタイルの保存と修復

ら、多くの場合、マネキンに着装させて展示するという使命がある。その為、着装による作品の劣化の進行を防ぎ、なおかつ、着装時の負荷に対する耐性を持たせる為の補強も考えねばならない。これらを踏まえたうえで、作品を後世により長く生き延びさせることが補修の目的である。衣装の劣化は様々であるが、大きく分けると「経年劣化」・「土台の生地の損傷」・「刺繍などの装飾部分の欠損・損傷」・「デザインやサイズの変更」などが挙げられる。作品によって1点ずつコンディションが異なるので、現状の観察が大変重要である。「オリジナルを大切に保管する」という点にも重きを置き、そのうえでオリジナルの保存方法、今後の劣化・損傷の防止も含めて、1点ずつ工夫しながら、それぞれの補修方法を検討する。生地の補修方法補修の中で最も多いのは、衣装の生地に対する補修である。KCIでは布に対する補修の方法として、主に4種類の方法を用いている。名称としては「表打ち」・「裏打ち」・「サンドイッチ」・「カバー」という方法だが、これはKCIにおける補修用語である。簡単に説明すると、表打ちは地の目を合わせた補修用生地をオリジナルの表側にあて、ステッチで留めていく方法、裏打ちはその逆で、オリジナルの裏側から地の目を合わせた補修用生地をあて、ステッチで留めていく方法である。図1では、青い方がオリジナルの生地、白い方が新しくあてる補修用生地にあたる。サンドイッチは、地の目を合わせた2枚の補修用生地の間にオリジナルを挟むという方法である。サンドイッチ法の場合は特に、片側には透け感のある補修用生地を使って、補修後もオリジナルの状態を確認できるようにしている。カバーは、細い針を通すことも難しいような傷み方の時に、オリジナルの上から補修用の布をかぶせ、その周囲をステッチで留めて保護するというやり方である(図2)。縫い糸には絹、木綿も使用するが、ポリエステル単糸の補修用モノフィラメントを用いることが多い。ウォルトのドレス(1900年頃)1構造と損傷についてここから、実際の補修の例を紹介するが、今回取り上げるのは、1900年頃にメゾンウォルトで制作された典型的なベルエポックのシルエットのドレスである(KCI登録番号AC10342写真8、9)。ウォルト(Charles Frederick Worth)はオートクチュールの始祖とも言われる著名なデザイナーだが、このドレスは彼の死後、メゾンを引き継いだ二人の息子の時代のものである。当時のシルクの生地は裂け易い物が多く、縦または横の一方の織糸が無くなって、スダレ状になってしまうケースも多く見受けられる。このドレスの表地は、サテン地にカットワークが施され、シュニール糸による縁取りや葉脈で植物柄が表現されている。土台のサテン地全体にスパンコールが刺繍され、カットワーク部分からは裏側から生地全体に当てられたチュールが覗き、そこにラインストーンが刺繍されるという凝ったつくりになっている(写真10)。また、アンダースカートは、サテンとタフタの二重仕立てになっていて、ウエストと裾で縫い合わされている。ボディス部分にもタフタが裏打ちされている(図3)。受入当初の損傷状態について見ていく(写真11)。写真12は補修前の表地の装飾部分の損傷状態である。ラインストーンやスパンコールを留める糸が弱って多数落下し、さらに少しの摩擦で付属しているものも落下していく状態であった。また、表地サテンの裏にあたっているチュールは、カットワークの部分でほとんど破れて絡まっている状態だった。表地のサテン地自体も傷みが進んでおり(写ウォルトのドレス(1900年頃)の補修と収蔵品の保存について51