ブックタイトル近代テキスタイルの保存と修復

ページ
45/80

このページは 近代テキスタイルの保存と修復 の電子ブックに掲載されている45ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

近代テキスタイルの保存と修復

(Lascaux 498HVメタクリル酸メチルとアクリル酸ブチルの熱可塑性接着剤)を使用して行われた12)。靴V&Aの靴コレクションにて、これまでに確認されている高分子素材のうち、特に問題となるものは、酢酸セルロース、硝酸セルロース、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリウレタン、およびゴムである。そして最も大きな問題が発生している靴は、PVCを含有するものであることが分かっている。また、作品の「光沢仕上げ」のために使用されたポリウレタンの薄いコーティングも急速に酸化することが分かっている。PVC、あるいはポリウレタンの光沢仕上げは1960年代に広く普及しており、当時頻繁に伸縮性のある生地に薄いコーティングとして加工された。このコーティングを施した場合には、生地の表面のかなり広い範囲で酸化が起こるのである13)。クリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)による1995年の比較的新しい靴の素材は、スチレン系とアクリル系の共重合体であり、既に黄色変化し、ひび割れを起こしている。また、1970 ? 71年のイタリア製のメトロス社(Metros)の靴では、ポリウレタンフォームの靴底がひどく酸化し、完全に崩壊しており、処置が不可能となっている。1970年代の別の靴では、ヒールの先端部分に見られる不透明な蝋質層をFTIRにより分析した結果、アジピン酸ジブチルが検出され、先端部分の高分子素材から可塑剤が移動していたことが判明した。保存修復処置の際には、この蝋質層は処置前に外科用メスで除去された。そして、脱イオン水で湿らせた綿棒を用いヒール先端部分をクリーニングし、工業用変性アルコール(IMS)に10%のパラロイドR B72(Paraloid RB72アクリル酸メチル─メタクリル酸共重合体で耐久性があり黄色変化しないアクリル樹脂)の溶液をコーティングして強化した14)。2013年以来、高分子素材のクリーニングには、ウィンタトゥアー/デラウェア大学美術保存修復プログラムのリチャード・ウォルバース准教授(Richard Wolbers,Winterthur/Universityof Delaware Art Conservation Program)が開発した、溶剤と水性ジェルによる方法が採用されている15)。素材の同定、テキスタイルの管理、保存修復と保管、および様々な高分子素材からなる関連作品についてのガイドラインや考察は、これまでに広く公表されている16 ? 22)。衣装支持体とドレスの展示「ドレス」を長期間、安全に展示するためには、適切で安定した支持体(マウント)、またはマネキンが不可欠である。保存修復の用途に相応しい素材を使い、支持体を衣装にぴったりとフィットさせることで、計画された展示期間を通じて衣装全体を適切に支えるのである。展示期間は、2、3週間の一時展示から、主要な常設展示ギャラリーでの20年間の場合もある。支持体に着装させた衣装を、世界を巡回する展覧会にて3年以上、計12会場で展示することもある。商業用マネキンを展示に使用するには、パッドを当て衣装にフィットさせるなどの様々な調整方法がある。例えば、用途に応じて「バックラム」マネキン(形状に合わせてリネンとでんぷん糊を成形したもの)を作成し、これをポリエステルの詰め物で被覆することによって形状を整え、仕上げに伸縮性のあるジャージー生地で全体を覆い衣装を着装させることもある。展示の際に支持体が見えない場合には、支持体の素材であるガラス繊維を切断し、パースペックスR(Perspex R)、またはバックラムマネキンに使用する詰め物を、必要に応じてパッドとし今日のテキスタイル保存修復:ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館におけるテキスタイル・衣装・装飾品および関連作品の保存と展示43