ブックタイトル近代テキスタイルの保存と修復

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概要

近代テキスタイルの保存と修復

填・補整を行うことで、様々な点において作品の理解と解釈に有益となる。広範囲の欠損部を補整する場合には、デジタル印刷された継ぎを当て、作品全体の意匠になじませることもできるため、単に色彩の一致した生地を使うよりも、美観的に優れた結果を達成できることがある7)。また、補強部分を近くから観察した際に、作品の実際の状態を見誤ることのないよう、補強部分を識別できるようにすることも重要である。しかし、処置された箇所は検知可能であるべきだが、作品の理解や解釈のため、そして来館者が多様な角度から楽しむために、目立たず、審美的に良好な状態とされるべきでもある。新素材よく知られている「新素材」の開発と使用の概略を補遺(新素材─プラスチックの略史)に示す。これは、いくつかの合成素材が使用され始めた時代を示すものであり、それらは当時の作品にも使われていることがある。テキスタイル、特に流行の衣装やアクセサリーは、ミクストメディア作品であることが多く、多種多様な素材を用いた複数の要素で構成される。ファッション、クチュール、演劇・映画衣装は、斬新なスタイルで何が現在の「最先端で高級なスタイル」であるかを示すものであるため、最新の素材技術を活用している場合が多い。近現代のファッションは、次の「新しいファッション」に取って代わられるため、作品の寿命を念頭において作成されるものではない。したがって、創造的な作品を生み出す際のデザイナーにとって、選択した素材の耐久性はそれほど重要な問題ではない。しかし、コンサヴァターにとっては、高分子素材の劣化や不安定性、またミクストメディア作品において、素材の劣化により生じた分解物と他の併用素材がどのような反応を起こすのかということは重大な問題である。潜在的損傷・劣化と化学分解高分子素材が使われている作品の損傷・劣化の可能性は、初期検査で必ずしも直ちに判明するものではない。それゆえに、作品の処置にかかる前に、そして、保存環境や展示方法を決定する前に、素材を同定することが重要となる。高分子素材の特性の同定には、通常、下記の分析方法を採用する。?合成塗料と代用皮革─フーリエ変換赤外分光法(FTIR)?メタリック仕上げと装飾─蛍光X線分析法(XRF)?隠れた構造要素─X線透過撮影(X-Ray)8)目に見えない潜在的損傷・劣化の一例は、カロ・スール(Callot Soeurs)作の繊細なスパンコールのイヴニングドレス(1922年)に見られる。この作品に使用されているスパンコールの素材は、表面が玉虫色に見えるように、硝酸セルロースでコーティングされたゼラチンである。ゼラチンは反応性と吸湿性が高いため、湿式クリーニングや加湿による生地の皺の軽減処置には適さない。また、保管の際には、硝酸セルロースを含有することを考慮する必要がある(写真3)9,10)。素材の化学分解による劣化が生じている例は、スターン兄弟(Stern Brothers)作のビーズ刺繍が施されたシルクのベルベットドレス(1894年)に見られる。このドレスは、ガラスビーズとスパンコール、およびネットで豪華に装飾されている(写真4)。ガラスの成分である酸化ナトリウムや酸化カリウムは、吸湿性があり水を寄せつける。高湿度の環境では、それらのアルカリ塩が液化し、ガラスの表面に水滴となって現れる。アルカリ塩は、テキスタイルの染料と反応すると、その色素を浸出させてしまうのである。さらに劣化が進むと、ガラスビーズに細かい亀裂が生じ、今日のテキスタイル保存修復:ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館におけるテキスタイル・衣装・装飾品および関連作品の保存と展示41