ブックタイトル近代テキスタイルの保存と修復

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概要

近代テキスタイルの保存と修復

技術的、歴史的な背景を理解するよう教育し、人材を輩出した。アベッグ財団設立20周年を記念して出版された『染織品の保存と研究』(1988)29)は、テキスタイルの保存が研究に裏付けされた領域であることを美しいグラビアと詳細な解説で示し、世界にアベッグ財団の存在を知らせる媒体となった。スウェーデンの方法論の広がりは、他にもデンマーク国立博物館(National Museum ofDenmark)の『博物館技術論歴史的染織品の保存』(1978)30)に見てとれる。本書とアベッグ財団による『染織品の保存と研究』を比較すると道具、材料、洗浄、補強方法など共通点が多い(写真6、7)。日本人にとってスウェーデンやスイスの歴史は遠い異国の出来事に思われるかもしれない。しかし小袖の修復でも使用されるレイド・スレッド・アンド・カウチング・ステッチ(略してカウチング・ステッチ)は、破れた布を補修する際に、補修糸を長く渡してから間隔をあけて上糸を留めつけて、破れた箇所を押さえる技法であるが、和裁や日本刺繍といった伝統的な日本の縫い方にはない。これは、おそらくアベッグ財団の出版物や欧米のテキスタイル修復事例を通じて日本に広まったと考えられる。また修復で用いる薄絹のクレペリンは10年ほど前から日本の修復材料商社で扱うようになったが、イェイエルは1957年に絹の旗を修復するのに使用している31)。スウェーデン発祥のテキスタイル保存論は100年かけて日本にたどり着いたといえる。3.保存修復材料としての合成染料合成素材の発明と製品化、そして修復への利用は、ほとんど時期を同じくして行われた。テキスタイルの保存において最初に使用された合成素材は合成染料である。平成26(2014)年に日本で展覧会が開かれ、多くの人が目にしたフランス国立中世博物館(クリュニー中世美術館)(National Museum of the Middle Ages, ClunyMuseum)の1500年頃のタペストリー「貴婦人と一角獣」は、1894年に下辺を復元修復した際に塩基性アニリン染料を使用したため、今では退色して美観が損なわれてしまった32)。一方、タペストリー自体の色は天然染料の中でも堅ろうなアカネやインディゴで染色されているため、いまだに色が保たれている。このような事例から、修復材料として使用する染料は、耐光堅ろう性が優れたものが必要であると写真6デンマーク国立博物館『博物館技術歴史的染織品の保存』1978 pp.40,41 30)写真7ランベルク「染織品の保存と研究」アベッグ財団1988pp.42,43 29)cAbegg-Stiftung, CH-3132 Riggisberg;(drawing:Ina vonWoyski, Textile atelier, photo:Margrit Baumann)近代におけるテキスタイルの保存と修復25