ブックタイトル近代テキスタイルの保存と修復

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概要

近代テキスタイルの保存と修復

された22)。このデルフト大会は、染織文化財の保護のためには保存倫理感を持ち、科学的研究を行い、それに基づいて保存技術を開発し、実践するという現代の方向性を示す転機となった。リーンはこの会議の発表者を中心に最初の専門書となる『染織品の保存』を1972年に編集した23)。また1975年には、『染織品保存における倫理と課題:テキスタイルの経年と染織品保存における接着剤』を著し、脆化した繊維の化学的な処置に関して保存倫理と科学の両面からアプローチした24)。北米では1925年にジョージ・ヒューイット・メイヤーズ(Mayers, G. H.)(1875-1957)が自らの蒐集品をもとにテキスタイル・ミュージアムを設立した。1960年代には染織技法のアイリーン・エムリー(Emery, I.)、ルイザ・ベリンジャー(Bellinger, L.)、メアリー・キング(King, M. E.)、保存修復のジョゼフ・コロンバス(Columbus,J. V.)、科学者のジェームズ・ライス(Rice, J.)が染織品の分析、解釈、分類、保存管理、保存科学を先駆けて行っていた。ライスは退役軍医で「染織品保存の科学的基礎(Principles ofTextile Conservation Science)」と題する講習会を行い、1962?77年まで17回にわたりテキスタイル・ミュージアム・ジャーナル(TextileMuseum Journal Vol. 1-3)に発表した。テキスタイル・ミュージアムの研修生であった梶谷宣子(Kajitani, N.)は1966年にメトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)へ、マーガレット・フィキオリス(Fikioris, M.)は1967年にヘンリー・デュポン・ウィンタトゥアー博物館デラウエア大学美術品保存コース(WinterthurMuseum, Winterthur/University of DelawareProgram in Art Conservation)へ移り、染織品の保存管理、保存修復の領域を押し進めた25)。テキスタイルの保存領域における化学的処置の研究は、1975年からテキスタイル保存学の大学院教育を始めたロンドン大学コートールド・インスティテュート・オブ・アート大学院付属テキスタイル・コンサヴェーション・センター(Textile Conservation Centre,Courtauld Institute of Art)が中心となり進めた。創設者のキャラン・フィンチ(Finch, K.)(1921-)はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(Victoria & Albert Museum)染織品保存部に勤めたのち、センターを設立した。フィンチはデンマーク人で北欧と親密なコネクションがあった26)。講師のダイナ・イーストップ(Eastop, D.)とハンガリー国立博物館(Hungarian National Museum)の保存科学者アグネス・ティマ=バラツィー(Timar-Balazsy,A.)は1998年に『染織品保存の化学理論』を出版し、テキスタイルの保存に関わる科学的内容を体系化した27)。スウェーデン発祥のテキスタイル保存論を世界的に広めたのは、世界有数のテキスタイルコレクションと保存修復研究で知られるスイスのアベッグ財団(Abegg Foundation)である。ここは1961年に設立されたプライベートコレクションで、その保存管理にベルン歴史博物館(Historical Museum of Bern)で勤務していたメティルド・フルリ=ランベルグ(Flury-Lemberg, M.)(1929-)が抜擢された。フルリ=ランベルグはスウェーデンの方法論でテキスタイルを修復していたミュンヘンのババリア国立博物館(Bavarian National Museum)のシグリッド・ミューラー=クリスチャンセン(Muller- Christiansen, S.)(1904-1994)に師事し、イェイエルとも交流があった。フルリ=ランベルグは展示室、収蔵庫、調査室、修復室を併設した理想的なテキスタイル博物館の設計を監督し、その機能的な建築はテキスタイルを収蔵する多くの博物館に影響を与えた28)(写真4、5)。アベッグ財団は豊かな財源のもとで、ヨーロッパや北米から奨学金付きで研修生を受け入れ、保存修復技術だけでなく、テキスタイルの科学的、近代におけるテキスタイルの保存と修復23